瞬間アンサンブル


The end of February


まだ春というには寒く、冬に近いこの時期、世の受験生たちは天国と地獄を味わう。
ようは、合格発表だ。

今年募集を出したここ、誠凛高校でも見られる光景は同じだ。
少年少女の悲喜交々がそこかしこで見られる。
それらを横目にやってきたもそのうちの一人にこれからなろうとしていた。
第1志望に入れるか、今日、きまる。

受験票を握りしめて合格者一覧を睨んだ。
の、だが……
「見えない…」
身長が低いことはない、中学ではクラスの後ろから数えて5人目だった。
だが、なんというか、圧倒的に目が悪かったのだ――。

片目がまだ視力が良かったから油断していた。
二重三重に重なる人ごしでは可視範囲を超えていたらしい。

「くっこんなところで裸眼の妨害があろうとは…!」
妨害でもなんでもなく自業自得だ。

押し退けていくことは可能だが、これから知り合いになろう相手だしさすがのも躊躇してしまう。
「眼鏡なんで置いてきたし!」
「俺が代わりに見てこようか?」
ぐぬぬ、と頭を抱えて悶絶する不審な女子に躊躇なく(いや、したのかもしれない)声をかけたのは
「そんなわるいs…でかぁ!」
から見ても30センチはでかかった。

「いやぁありがたいことにすくすくとな!そう遠慮するなって番号借りるぜ」
「ちょ話聞け…っ あいつ足速いわぁ…」

ずれた所に反応した彼は問答無用での手から小さな受験票を抜き取ると
自分の受験票だろう紙片とは別の手に持ってすたすたと群衆の中へ。
同じ大きさのはずなのに彼の手にあるそれは妙に小さく見えた。

ボードに群がる黒や茶の髪の中でも頭一つ抜け出た彼はいっとう目立って見失うことはなかった。


「待たせたな」
「いやいや、こちらこそありがとうね。これお礼」
「サンキュ。で、結果なんだが…」
何度も受験票とボードを見比べていた頭が帰ってきた。

受験票と入れ替えに手持ちの飴をいくつか手渡し労って彼を見上げれば、少し嬉しそうにしていた。
短い時間でもあれは精神にくる。
甘いもの大丈夫かとほっとしていれば彼が切り出したのは緊張の一端だ。
あれだけが不審なコトをしていても緊張は緊張だ。ごまかそうとしても無駄だった。

「うん」
「…………番号、あったぞ」

長いタメに落ち込む、が脳内リピートして見れば内容はポジティブではなかったか?

「…本当?」
「こんなとこで冗談はキツイだろ」
「っ…!」
思わず小さなガッツポーズがでた。
しかし発言を思い返すと彼にとって肝心なものが抜けているような

「君は?」
「俺、は…」

曇る表情、自分だけ喜んでごめん…!と絶望が頭を埋めた。ら、


「俺も受かってたよ」


またフェイント…っ!は喜び安心しながらorzポーズという器用なことをすることとなる。

「軽くいうなあああぁぁおめでとうううううううううう!」
「すまん!ありがとう!お前もおめでとう!!」

初対面の相手、しかも異性でありながらまるで知り合いかのように抱き合い、分かち合う。
身長差は激しかったが、の腕は彼の首に届いたし、彼もをハグして1回転。
テンションもそのままに滑り止めはどうとか、ここに通うかなどと話して、だがあっさりとお互い手を振って別れた。

彼も中学へ帰って合格報告するんだろう。4月からは同級生なのだ。
あ、名前聞いてないや。ま、いっか、4月からは以下略。


今思えば他人に見てもらった番号を見間違いじゃないかと疑わずによく信じたな、とも思う。
あとあの男子も抱きつかれて変に驚かなかったな、と。
それはその後に改めて届いた合格通知と入学案内でちゃんと確証されたし、
抱き合ったのも別に色っぽい意味じゃないから問題じゃないのか、と我ながらアバウトに済ませたものだ。と、
入学の迫ったある日、は改めて思い出すこととなった。




April


入学式を過ぎ、その主役である彼らが顔を合わせてすでに2週間が経とうとしていた。

合格発表で出会った二人はというと、

「あれー旦那はー?」
「旦那言うなーバスケ部のほう行ってるよ」

入学式前にクラスの面子と顔を合わせたときの二人の驚き様ったらなかった。同じクラスかよ。
式後に改めて木吉鉄平、というお互いの名前を知って、青春漫画もかくやというほどのあいさつをして、

なんでか夫婦漫才コンビみたいにされてた。

それもこれもが木吉のノリにぽんぽんと言葉を返してその内容があまりにもぶっ飛んでいるせいなのだが、
二人は日常会話だと思っている。傍から聞いていて漫才をしているようだという。
だが何より夫婦扱いされてしまう原因は二人の距離にあった。
登校時や移動教室などの別行動後、二人がお互いの姿を見つけると

っ」
「ぎゃっ!?キヨ後ろはなしって言ったでしょ!」
「悪いな無理だ!さー教室戻るぞー」
「だっこのままはやめれ」

これである。

木吉が先に見つければを抱きこみ、
が先に見つければ木吉の首に飛びつく。
1年廊下ではすでに定番になろうとしている馴染みの光景だった。

今回は木吉からのアタックだった。
後ろから抱きこんだ態勢のままを持ち上げて、の足をぶらぶらさせながら教室内へ移動する。
クラスメイトはすでにこの状態を囃したてはすれども驚きで騒ぐことはない。
「もう休憩終わりだぞそこの夫婦〜」慣れたものだ。
このクラス順応性半端ないな!とは毎日思う。

木吉はと呼び、はキヨと呼ぶ。
何と入学式当日から始まっている。
みんなこれが男女の同級生だと、しかも幼馴染やましてや同中でもなく高校が初対面ということを覚えているのだろうか。
そしてここがミソだが付き合っているわけでもない。

この光景、少なくとも1日1回は見られるのだが。


「なぁ、バ「却下する」
私は調理部やるのよ、と。
このやり取りも恒例だ。
勧誘のおかげではバスケ部の面々とも親しくなった。ならざるを得なかったというべきかもしれない。
木吉の飽きない勧誘は部活動が本格始動するまで続くのだろう。
そしてその木吉を回収する部員たちも。ご愁傷様です。






July(One year after)



「相田いるー?」
ボールの弾む音とバッシュのスキール音、指示と掛け声が飛び交う体育館にのんきな声が響く。

「誰か呼んだー? あれぇじゃん、…いつもの?」
「いつもの。これくらいなんだけど処理できる?」
「ふぅん、バ火神いるから大丈夫でしょ」

体育館に現れた女生徒は1年生さえ見慣れた姿。である。
彼女は今調理部、および手芸部による家庭科部の総括として動いている。
そこそこに忙しい身の上ながら、もとからの付き合いかこうやって差し入れをしてくれることが多々あった。
そのどれもが成長期、そして疲弊した体に嬉しい。
特に火神。

基本的に家庭部の週1の実習活動の際に出た分が回ってくるのが定石だ。
ただ、期末に近い今、調理部は活動していなかったはずだ、と一部の2年生は不思議がっているようだ。
だが、その答えはすぐに判明する。

「先生が教材用の材料でおいといた奴なんだけど賞味期限がそろそろらしくて」
「ああ使い切ってほしかったわけね〜」
「思ったより多くてこんなことに」

わざわざ家庭科室を開けた理由なんてそんなものだ。
量を把握させるために写真でも撮っていたのだろう、携帯の画面をリコに見せつつ困った顔をは見せる。

「おっけー。家庭科室行けばいい?」
「うん、終わる前にケータイにれんぎゃっ」

突然切れた言葉尻、その原因は以外の全員から見えていた。
いつの間にやら練習の手は止まっている。

〜もうちょっと可愛い声だそうぜ」
「ぬかった…キヨいるの忘れてた」

2年生には恒例、木吉による襲撃によるものだ。
木吉と合流して約1週間、の差し入れは木吉復帰後初。1年生は初見というわけである。

「ええ!?」
「あの二人ってもしかして…」
だいたいはこんな反応である。

黒子などは「桃井さんと黄瀬くんがうるさそうですね」なんてこぼしている。
恋愛的ではなくいわゆるコイバナが好きそうだという予測からである。

「あ〜、1年は知らねーよな…あいつら1年からあの調子で、付き合ってねーし、幼馴染とかでもないんだぜ…」

日向はこころなし練習よりも疲弊している気さえする。
というか、付き合ってないというその衝撃たるや。
付き合ってないのにあのスキンシップ!?と1年3人組は目を見開く。
黒子は表情からはわからない、火神は普通じゃねーの?とアメリカン感覚を発揮する。

あのやり取りが日常で目の前でやられる辛さがわかるか…?日向の目が据わってきている。
目の前でやられるのもそうだが、あれと同じ被害が自分にも同じく及んでいるのだろう。

日向をクラッチタイムインさせるほどの二人はというと、
ひとしきり離れろ久しぶりだなー休憩毎に会ってるなどといいながら、先ほどの続き、リコとの話を再開させている。
マイペースだ…1年は揃って思ったという。木吉はくっついたままだった。

「10分くらい前に連絡入れてくれればいいからさ」
「了解〜。終わるまでどうすんの?暇でしょ」
「適当に時間つぶしてるから大丈夫。そっちこそ部活頑張ってよ」
「当たり前でしょ。暇ならマネ手伝ってくれればいいのにー。ほら、あんたたち再開するわよ!!」
「シロー飴やるからバスケやろうぜ」
「飴で釣れるかっ!!」

リコから飛ぶツッコミ、苦笑する。勘弁してよとコートの中にまで通る声。
木吉をコートに蹴り戻すと、肩越しに手を振っては去っていった。
あの様子だと木吉先輩まさかの片思いでは…という思考が1年の間にじわりと滲んだ。