照応トイトロニカ




赤司のあだ名――名付けた日はウィンターカップまで遡る。

 ◆◇◆


「先輩、先輩」
声をかけてきたのは黒子だった。
バスケ部連中と一緒にいたと思っていたのだが、いつの間にか隣に立っていた。

リコと木吉に誘われ観戦に来たウィンターカップ。夏のIHは知っていたが、冬にまで大会をやっているとは知らなかった。
この寒くなってきた中あのユニでようやると尊敬の念すら抱いたところだった。

隣にいた黒子に驚きから目を見開きつつ、声をかける。
「控室に居たんじゃなかった?」
「用足しの帰りなんです」
控室の方向とは逆だろうと思ったが、わざわざ自分に寄ってきた後輩の可愛さに揚げ足取りはできなかった。
自分の居る場所に関しては木吉にもリコにも伝えてある。いざとなれば探しに来れるだろう。
「僕たちと居ればインターバル以降下で見れましたよ?」
「バスケ部関係者じゃないもの無理でしょ」
黒子はきょとんと見返してくる。そしてぽんと拳にした手で皿代わりの掌を叩く。ガッテン!
「そうでした」
あまりにも頻繁に顔を出しているせいか関係者側に組み込まれていたようだ。

「それで黒ちゃんはどうしてこっちに?」
先輩、今コートに僕の元チームメイトがいるんですが」
試合中のコートではプレイヤーが走りまわっており、ひっきりなしにスキール音とボールが床に当たる音がしている。
特に目立つのは鮮やかな髪色の二人。
「緑間君は知ってますよね?」
「うん、ツンデレまつ毛君かわいいよね。高尾くんとからかいまくったよ」
先輩が好きそうなタイプですもんね。あそこの…赤い髪の選手、赤司君といいます」
あかしくんと復唱。赤い司と書くんです。キセキのリーダーと言えるかもしれませんね、と黒子は続けた。

「あだ名をお願いします」
「えっ本人以外からあだ名要請来るの初めてだよ!?いいの?!」
「いいですやっちゃってください」
のあだ名は特徴的だ。趣味…センスが悪いともいえる。他は悪くないのに、これだけは譲れないとはの談。
それをわざわざ付けてくれとは、からかうネタがほしいとかそういうことなのか?

「赤…赤、…ペコちゃん」
「ぶっ、…ペコ、ちゃん、ですか」
どこぞの製菓メーカーのマスコットの名前と同じそれを告げると滅多に表情を変えない黒子が噴き出した。
漫画的擬音にするならブフォと表現できそうなほどである。おお珍しい。
体を折って爆笑しているらしい(声がほとんど聞こえない)彼の顔は見れないが、きっとさぞや世紀稀に見る顔をしているのではなかろうか。
惜しい。見たかった。

「そっかー赤司君ていったのか、あの子」
「、ふふ、ああ苦しいです笑わせないでください先輩。なんだか知り合いみたいに聞こえます」
もう無表情に戻っておいて苦しいと言われても説得力ないぞ黒子君よ。
あとやっぱり鋭い子だと彼に視線を移す。
「うんさっき気付いた。去年の夏かな?1回だけ会う機会があってーって、キセキ?」




黒子と“赤司君”について少し話していただが、しばらく前に黒子は皆の元に戻り、も観戦の態勢に戻っていた。
試合はちょうど第2Q終了の笛がなったところ。
ハーフタイムである。
2校が入り2校が出ていく。コートから出た洛山の一人と目が合った。
冴えるような赤。赤司だった。そりゃあもう楽しそうな顔をしていた。口が動く。
「あー試合終わったら怖いなこれー」
夏の1日、毒舌というにふさわしいことばを交わしただけの相手だが、容易く未来が見えてしまった。
方や試合中、方や歓声の中観覧席の一角、聞こえていないはずなのに聞かれているような気がしてならない。
見に来てることも知らないはずなのに。なにあの子怖い。

あ と で

彼の口は絶対そう動いていた…!読唇術の心得はないはずなんだけどなぁ。
頭を抱えながらも、の口は弧を描いている。
なんだかんだいいつつ話していて楽しい相手とまた会う機会があるというのは嬉しいものだ。


着替え終わった洛山メンバーが観覧席に上がってきていた。
つまりは彼も上がってきているわけで――
「やあ待たせたね」
「1年ぶり」
待ちたくはなかったんだけどね、なんてのは呑み込むが吉である。

「テツヤといたみたいだけど、仲がいいようで何よりだ」
「そりゃバスケ部にはお世話になってるから。自然と、ね」
話のついでに1年前の自己紹介をいまさら受けてみたり。赤司征十郎くん。の名前はなんでかフルネームできっちり知られていた。
好きに呼んでくれて構わない。耳に心地いい声で紡がれる言葉は、女の子が言われればそりゃあ骨抜きにされるんだろうなぁ。

なんて思ったりしているうちに口をついて出てしまったのだ。

ペコちゃん、と―――

目もいいが耳も聡い赤司のこと、ばっちりまるっと聞かれていたわけで――。
「ペコちゃん?僕はメーカーのマスコットじゃないんだけど」
「てへーごめーんね。あだ名つけちゃった」
語尾に星が付けられそうなテンションで誤魔化してみる。黒子の名前は出さなかった。


このあといくらかの時間を経て、アドレス事件で二人は付き合うことになる。

130301