恋情ミクスチュア


2月14日の誠凛校門前、日ごろ見かけることのない人影があった。

「ウィース、テツいるかぁ?」
なんともふてぶてしい態度の声が体育館に響き、部員全員が行動を止めてそちらに目をやる。
その場の誰にとっても因縁深い声だったからである。
深い色の髪に浅黒い肌、黒子の元相棒、肩書きは多々あれど、青峰大輝その人であった。
無表情の内で眉をひそめる黒子、ゲッとあからさまに声が出てしまう火神。
めんどくさい予感がする。

「アイツは?」
やってきてそうそう、黒子を呼ぶも黒子が声をかける前に本題へ入ろうとする姿はいまだふてぶてしさが強い。
これで今は中学時代と同等程度に練習に励んでいるというのだから不思議なものである。

「誰のことですか?僕はもう君の相棒じゃないので心までは読めないんですよね」
「あいつだよ前にいたメシのうまいやつ。マネじゃねーの?」
テツ…言うようになったな。もとからです。
などと感慨深いような遠い日々がさみしいような、そんなやりとりを交わして目的のことを口にすれば、
黒子からの返答はなんともあっさりとしたもので、

先輩のことですか?先輩はバスケ部じゃありません、別部の先輩です。
 今日はバイトじゃないですか?」
彼女の部の活動日を思い出しながら、ぼんやりとした情報を出していく。そうだぞーと木吉が後ろで肯定していた。
ちょっとストレートに答えたくなかった黒子である、木吉がぺらぺらとしゃべりませんようにと祈っていたのは内緒である。
よくぞそこで留めてくれた!!なんて思っていない。全く思っていない。

バイト、と青峰がおうむ返しにする。ああ頭の悪い子みたいだ、ああ頭悪かったですよね。
「バイトって、どこだよ?」
「…邪魔しに行くなら教えたくないです」
「邪魔しねーって」
「…僕たちの先輩ですからね」
「強調しなくてもわーってるよ」
しつこいほどに念を押し、嫌がる様子を見せる黒子に苦笑を返し、青峰は意外と穏やかな応えを返していた。




あのあと黒子がしぶしぶ教えてくれたのは誠凛近くのマジバーガー。
なんでアイツあんな渋るんだか、気でもあんのか?
頭の中ではそこそこ穏やかなものの、顔面だけみれば明らか不良である。周りの誠凛生がびびってますよー。

マジバに行かないわけではないが、それは家であったり学校であったり繁華街だったり…自分の生活範囲のことである。
他校の範囲はそこに入らないだろう。と、それはそれとして。
入ってすぐには見つかった。正面口すぐのカウンター、そこで笑顔で客に相対していたのだから。

「いらっしゃいまs…、メニューをご覧になって少々お待ちください」
一瞬笑顔が固まった。が、そこは意地かプライドか、崩れることはない。
先の客をさばきおわる。
「こんにちは青峰君、久しぶり」
「ウッス。いつ終わんの」
「8時すぎかな」
「おー待ってるわ」
短く終わらせようとしているのか、細かく聞いてこない。こういうやりとりはわかりやすくていい。
黒子絡みで出会って数回顔を合わせたくらいだが、黒子と顔を合わせるたびアイツは?と聞く程度に青峰はに懐いている。

――餌付けされたともいう。



「さぶっ」
時刻は8時10分。
適当に街中だったり店内だったりで時間を潰した青峰の現在は、マジバ正面からはずれた植え込みの前である。
通用口に向かうルート上でもある。
前日から雪だ雪だと騒いでいた割には暖かいと言えるが、寒いもんは寒い。
木ってあったけぇのかな…思考を変にずらしつつおとなしく腰掛けていた。

「…――――です」
話声。ん、きたか、腰を上げて足音のほうに視線をやる。
予想と違わず、目的の人物のシルエット。
最後に会ったときはまだカーディガン代わりのニットを着ていたものだが、さすがにコートを羽織っている。
「お待たせだねーはいお駄賃」
「おーやりぃ」
勝手に来て勝手に待っていた相手にお駄賃もなにもないのだが、差し出されるの手には蓋の口から湯気の上がるドリンクカップ。
こいつ人よすぎんじゃね?不安になりつつも、寒いことに違いはなく、ありがたく受け取る青峰である。
隣に並んだが「ミルクと砂糖は?」とおなじみの紙袋を見せてくる。中身はポーション類を入れているだけのようだ。

「いらねー。…何飲んでんの?」
「ミルクティだよ飲む?」
「…甘っ」
「失礼な紅茶に砂糖はいい組み合わせなんだぞ」
「しらねーしどうでもいいしこれ入れすぎだろ」
すでにミルクも砂糖も溶かされていたいたらしいカップに口をつけたことで、青峰の頭に間接キスという言葉が浮かんだが、
目をやったはどうという表情も見せずに普通に口を寄せている。
こいつ、そういうのなんも意識しねぇ種類のヤツか、と普段使わない脳内メモにしたためる。
いちいち記念日だのなんだのとキャーキャーうるさい女よりは(可愛げはないが)、よっぽどどころでなく好感がもてた。
の歩調に合わせてだるだると歩く割に、いちいちことばを返しているのだから彼の懐きようは推して知るべし、という。

「ところでなんか用だった?」
「……さつきのチョコ攻撃から逃げてきたんだよ…」
「桃井ちゃん?青峰くんより黒ちゃんに真っ先に行きそうだけど」
「テツの前の毒見だろ」
「毒見って…ぷふっ」
逃げの単語にばつがわるくて視線をそらした先にはいつもと変わらないアスファルト。
毒見、に一拍置いたあと思わず噴き出している。桃井の料理の腕を思い出したのだろう。
しかしながら、だ。気付いてほしいのはそこじゃねーんだよ…!

カップに口を近づけ、青峰にとっては甘ったるいあのミルクティをすする。
ビク、と頭を引いたと思ったら蓋をそそくさと外しにかかっているところを見ると
あの小さい口からの熱湯をピンポイントで舌に受けてしまったのだろう。
冷やそうと小さく出された舌先が異様にねっとりとした赤さに見えた。

「寒い時って猛烈に甘いもの摂りたくなるんだよね」
「つまり?」
「ときどき無性にバニラシェイクが飲みたくなる」
「紅茶じゃん」
熱いもの自体は平気らしい。蓋を取ってからは息を吹きつけることなく飲んでいる姿を自分もコーヒーに口をつけつつ見遣る。
「寒いもん」
「もんじゃねーよ」
歳考えろ、まだ高2ですぅーと言い合いながら二人ゆるゆると歩を進める。
車線は多い割に繁華街ほど人通りの多くないこの通りは、時間も相まって人影が少ない。
遠慮することなく話は続く。かと思われた。

「寒いとシェイクはだね…あ、電話だごめんちょい待ちー」
「おー」
青峰に音は聞こえなかったが、コートのポケットからモバイルが姿を見せる。
某スマホのようだった。ちらりと着信画面。


「もしもs…―――ノイズ入るよ?」
「…おっけー了解」
なんの話か短いやり取りで通話は終わったようだ。
「ごめんねーおまたせ」
「随分みじけーな、何の話してたっけ」
女ってもっと長く電話してなかったか?という疑問を含めて聞き返してみた。

「内容と相手がね、そういうの好まないから。何の話は私のセリフじゃない、それ?」
あきれた顔で笑う。こいつこういうカオすると妙に年上って実感が。
「寒いとシェイク溶けるのさらに遅くなっちゃってなかなか飲めないじゃん?」
「あーそういやそういう話だっけか」
ぼりぼりと頭をかいてごまかしてみる。
電話の相手とか内容が気になって忘れたとか言えたもんじゃねぇな、と。


「…そんじゃあよ、俺のば「『俺のバニラシェイクとか行ったら』」…ん!?」

冗談で口に出そうとした下ネタにの声が重なる。…更に別の声も聞こえた気がした。
寒気。

「ちょん切っちゃうぞ」
『不能にするぞ』


ダブって聞こえた音はどちらも物騒だ。主に青峰の下半身がピンチである。
の手にはいつの間にやら赤い持ち手の細身の鋏、
そして聞き覚えのありすぎる声の原因と思われる通話中状態のスマホ…

通話相手表示は

 赤 司 征 十 郎 


「…!??!?!!?!おまっ!?なんで赤司と連絡とってんだよ!」
「ペコちゃんからかかってきたんだよ?」
『ペコちゃんやめてってに何回言ったらいいと思う大輝?』
「やめる気はありません!あとさっきかかってきた電話、あれもこの子だから」
それからずっとこうだよ、つまりはさっきの会話を聞かれていたということか…!

『いやな予感がしたからかけてみたんだけどあたりだったみたいだね?』
「赤司と知り合いだったのかよ…!」
「まぁいろいろあってね」
あったね、と内臓スピーカーの向こうで笑い混じりの同意する声が重なる。
いま猛烈に頭を抱えたい!青峰はなんとも言えない珍行動をおこしそうな衝動を16年の人生で初めて覚えた。
数ヶ月前までの黒歴史は忘れた。
こいつの交友範囲はどうなっているんだ、と。

「〜〜〜!!っまぁいーや、お前今日何の日かわかってんの?」
微妙に悶絶しつつ、赤司の声は気にしないように青峰は話を振る。
ここまで話題ゼロ、誘導してみても乗ってこないに改めて

「バレンタインでしょ?いくら私でも知ってるって〜。バイトでもバレンタインフェアみたいなのやってたしさー」
イベント事をすぐに忘れる自覚はあったらしい。が、知ってたのかよ、つまり俺の誘導にも実は気付いててはぐらかしたのか?
疑心暗鬼になってしまいそうだ。
「チョコをねだりたいのかな?青峰君は」
「…そうだよ、わりーかよ」
「いやいや可愛いものだよねぇ図体はおっきいのに。縮め!」
「縮めるkうおっ?!」
恥ずかしさで再びそっぽを向く。から笑いながら言われた暴言?に言い返そうとして飛んできたものに気を取られた。
特にデコレーションもされていない手のひら大のシンプルな箱。
危なげなくキャッチ。
これは、もしや――

『僕の分はないのかな?』
上がった気分を落とす赤司の声。
あるわけねーだろ!妙に湧き上がってくる嬉しさに言ってやりたかったが、自分が口に出すより早くが口を開く。
「こっちに帰ってきたときにあげるよ」(!?)
『送るのはなし?』
「顔見て手渡しが様式美であり、いいんじゃない」
スピーカーからくつくつとひそやかな笑い声が聞こえる。
赤司本人の表情は伺いしれないが、中学時代女子との会話中には見られなかった本気の笑いのように聞こえた。

『それもそうか。じゃあホワイトデーのお返しと交換だね』
「そのころ帰ってくるんだ?」
『こっちも春休みだから。当日はさすがに無理だけどね』
「それは仕方ないn「赤司悪いが切るぞ」 青峰くん返しなさい」
青峰を放り出して進められる会話に、ガキ大将は我慢ならなかったらしい。
の手から薄い端末を抜き取ると、有無を言わせず割り込む。

との話は後にしてくれ、『大輝、あとでメール楽しみにしてなよ』…おう」
早まったかと後悔したなんてことはない。断じてない。
この鳥肌も気のせい!
顔が引きつるのを知らぬふりで端末を返せばあーあ切っちゃった、と残念そうな声。
「…他の男ばっか構ってんじゃねぇよ」





「……付き合ってない男の子に言われるとは思わんかったわ」
「悪かったな!!」

「要は言ってもおかしくねぇ関係になりゃいいんだろ?」
「うん?」
「俺の女に「なりません」はえーよ!!」
「本気なのかわかったらね」


二人が付き合ったのかどうかは、


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