いつもの道 ©
Amor Kana






※女の子同士イチャイチャ百合の香りも若干有り…。無理な方は今すぐ戻るのです。現実に!




















走る。走る。走る。
人込みをかき分け、華やかな繁華街をは駆け抜ける。





「止まれ、!!」





静止の声も振り切っては走る。
そして走りながら、頭を抱えた。





「くっそ!全然振り切れねぇ!!」





相手は重量級だとばかり思っていた。
重たい大剣を振り回して重たい甲冑を装備している様な力重視の騎士だから、速さではこっちが上だと踏んでいたのに。





「なんっであんなに速いかな!!」





いい加減息も切れ始めた頃に、は自分を追ってくる人物を振り返ってゲッソリとした表情を浮かべる。


そのの表情を読み取って、を追う赤髪の男は微笑った。


余裕の笑みで。








そもそも何故は追われているのか。


その原因は何時間も前に遡る。













 −阿呆−


















「俺様は何も間違った事は言ってねぇだろうが!!」

「間違って無いって胸はって言えるお前がほんっっっきで最低!!今度という今度は愛想が尽きたからな!!
 あー分かったよ。お前の女の価値観ってのがどんなものかよーく分かった!!近寄んなこのケダモノが!!」





暖かな日差し降り注ぐ陽気な日にも関わらず殺伐とした雰囲気をまき散らす一組の男女。
仲間内では最早“日常”と化している二人の喧嘩。である。


ズカズカと廊下を早足で歩きながら男に反論しているのは
そしてそれをこれまた同じく早足で追いかけながら喧嘩腰の男はバノッサだった。


足は休めず前に進む。と言っても二人してどこかに向かっているという訳ではなく、ただ単にバノッサから離れようとが足を動かしているだけ、という感じだ。


足は休めず口も休めず。





「あーそうだよ、そうだよ!テメェはそう言う奴だった!!悪びれた様子も無く女に香水の匂い移されて帰って来る様な男だもんなお前はよ!!」

「仕方ネェだろうが!!あっちから勝手に寄って来やがるんだからよ」

「それで宜しくやって朝方帰ってくんのかお前は!うわー!嫌だ、本当嫌だ!!誰かこの最低男に天誅を!!」

「酒飲んで帰ってきてるだけだろうが!!何もやってねぇよ!!」

「信じらんね。はもうお前の事が全般的に信じらんねー!!」

「んだとテメェ!待てこの馬鹿男女!!!それが仮にも自分の男に向かっていう言葉か!!」

「付いて来んなこのアホ!ボケ!!大馬鹿野郎!!にだってな、限度ってもんがあんだぞ!!あんまいい加減な事してるとだって他の奴の所に行くんだからな!!」

「てっめ…ッ!」





ふん!と盛大にそっぽを向きながら足は休めず前に進む。
こめかみを引く付かせながらバノッサもそれを追う。


器用なものだ…。とその場に異界の女性であり仲間であるあたりがいれば思ったかもしれない。
いや、実際彼女は思った。ある種の才能だな。と。


そう思えたのは、口喧嘩をしながらがリビングのドアを開けた先にがいたからである。
正確にはとルヴァイドがいた。


ゆったりと、落ち着いた物腰でソファーで本を読むルヴァイドに自分の背を預けるようにもたれかかり寛ぐ


それはとても落ち着いた恋人同士の雰囲気で“あ、良いな…”なんてが思ったその直後に、自分の相手である男からはとんでもない発言が飛び出した。





「そこまで言うならやってみろよ!言うからには相手がいるんだろうなぁ?あぁ?」





かっちーん。


一瞬にしてのこめかみに青筋が浮かんでキレた。


あぁ期待はしてない。こんな奴に期待はしてなかったさ。
そして自分みたいな女にも不可能だとは思っていたさ。ルヴァイドとの様な落ち着いた恋人同士なんて不可能だとは思ったさ!
だからって何だ!?やってみろ!?浮気をか!?こぉんの大ぼけ野郎は!!!


震える拳を握りしめて、は剣呑な目でバノッサを睨み付けた。





「っ、いいぜ、テメェが見てぇっつうんならみせてやろうじゃねぇか!今すぐにでも!」

「おぉ、なら今すぐ呼んでもらおうじゃねぇか!」





一瞬顔を引きつらせた後にバノッサはニィッと嫌な笑みを浮かべてみせる。
ちなみに目は笑えていない。


はバノッサのその挑発に更にこめかみの血管を浮かばせて相手を睨み上げる。


もう駄目だ。絶対許さん。
何が何でもこの馬鹿男をギャフンと言わせたい!!


が、しかし…。





「…………」





現在自分にそんな相手がいる訳も無く、どうしたものかとは少し頭を悩ませる。
どうしても諦めきれない。負けたく無い。目の前で嫌味に笑うこの男に出来る事なら右ストレートをかましたい
そこまで考えながら、はハッとしてリビングを見回す。


ルヴァイドは本を読んでいる、は面白げに自分達を見ている。


必然的に、と目が合った。





だ!」





咄嗟に呼んだ名前に自身もビックリだったが、しかしそれ以上に周りの反応たるや凄いものであった。





「ん?」

「はぁっ!?」





バノッサは怒りも超越して間抜けに口を開けてを交互に見て、
我関せずと本を読んでいたルヴァイドも軽く目を見開いてを見上げる。
(と言っても彼の場合達の話にちゃんと耳を傾けていた訳ではないので、恋人の名に反応しただけに近いが…)
は最初驚いた表情を見せたものの、すぐに面白そうな笑みを浮かべてみせた。


はバノッサを見上げ、そしてにちらりと視線を向ける。


思わず名前を呼んでしまったが、まさか女が浮気相手だなんてそんな…いくらなんでも……。
そう思いつつもここまで来たら引っ込みなんざつかない。
どうあったってバノッサに嘘だと言うのは嫌だった。


気付かれない様に一度息を飲むと、の傍に膝をつく。





……巻き込んでごめん……





出来る限り熱を含んだ様に名前を呼んで、にだけ聞こえる程度の小声では謝り、の腕に自分の手を回す。


いきなりの展開に自身既に困惑気味で、しかし引き返す訳にはいかない。
どうあったってバノッサを打ち負かしてやりたいという気持ちの元、は半泣きでに懇願する。





「ちょっとの間だけ演技付き合ってくれ…」





本来ならでは無く男であるルヴァイドにでも頼んだ方が良いのだろうが、しかし彼にその手の演技につき合ってくれと言っても無理であろう。


『俺にはがいる』


そう一蹴されるに決まっている。その光景がアリアリと目に映る。
だったらこの場で頼めるのはしかいないじゃないか!そうは思う。
そしてその選択は正しかった。


彼女は、はほんの一瞬、誰にも見えない程に面白そうに笑ったかと思うと、次の瞬間には伏せ目がちにを見た。





……どうしたんだ?君らしくもない……」





熱を含んだ眼差しでそう囁いて、はその腕をに回す。
愛しい抱擁にも近いそれには内心だけで『流石!』と歓喜した。


お前ならやってくれると思った!


踊り出しそうな体を抑えて抱き合う形のまま、はチラっとバノッサを見上げる。
その顔は酷く呆然としていて、は笑い出しそうになる自分を必死に押さえ付けた。





……?」

「て、め……?」





ふはははは!!焦ってる!焦ってる!!
というか行動が停止している!!


はこれ以上見ては本気で吹き出しかねないとバノッサから視線を外した。
呆然とを見るルヴァイドにはとても申し訳がないが、今のはとてつもなく良い気分だった。
いつもいつも言いくるめられてばかりでは無いのだ。と少し勝ち誇った笑み、そして礼も含めたその笑みをに向けたその時だった。


こちらを見るの目が一瞬面白そうに細められると、一転して熱を含んだ色を浮かべる。











少し低めに、陶酔した様に囁いて。


近付いてくるの顔をは避ける事が出来なかった。





……っ?」








気付いた時には既に唇が合わさっていて………。


その行動には流石にも思考が停止する。





演技をしてくれとは言ったものの、まさかここまでしてくれるとは誰も夢にも思うまい。





しかしながらその光景に固まったのは勿論だけでは無い。
バノッサは傍に突っ立ったまま、その光景を呆然と見つめ、の隣に座っていたルヴァイドも流石に硬直して、軽く目を見開いて二人を見ている。
ちなみに先程まで読んでいた本はバタンと音をたてて床に落ちてしまっているが、未だルヴァイドは本を持ったままの体勢。
つまりは固まったまま動けないでいた。


それもそうだろう。
目の前で自分の恋人が自分以外の者とキスをしている場面なんて見たくないに決まってる。
しかもその相手が女だなんて…
一体何から突っ込めば良いのか誰も何も分からないまま静止した時が数秒、数十秒と続いて、そして小さくチュッと音を残して離された唇。
しかし達の動きは止まったまま、ただだけが面白そうに微笑んで、未だ固まったままのルヴァイドやバノッサを置き去りにの手を引いてリビングを出ていった。





「……………は」

「……………」





パタンとリビングの扉が閉まっても動けないでいる男二人は、そのまま放心状態で硬直。
上手く動かない思考のまま1分経ち2分経ち…。








そして十数分が過ぎた所で漸く二人同時に動き出す事が出来た。


まず動き出したバノッサが勢いが良すぎる程にガンッとリビングの扉に拳を打ち付けて開ける。
その表情には沸々とした怒りが溢れていた。





「あんの馬鹿野郎…正気か?まじなのか!?…ぜってぇ許さねぇ…」





自分でけしかけておいてこの台詞。
しかしバノッサはのあの発言はただ単に強がりで言っただけなのだと思っていた(いや今でも思ってはいるけれど)
本当にそんな浮気相手がいるなんて思ってもみなかったのだ(いや今でも居ないとは思っているけれど)


しかもそれが女なんて尚更。





「洒落になんねーんだよ!!てめぇの場合!!」





今はいないに向かってバノッサが叫ぶ。
そう、普段から男と間違えられる様な雰囲気を持つだから、浮気相手が女というのは笑い話に出来ない。


しかもよりによって相手が…。
彼女もまた髪は長いが、体のラインが出ない服を着ているとたまにどちらか分からない。
そんな二人が出来上がっている図は


あぁひどく耽美だな…。
っていやそうでは無くて…。


兎にも角にも、今のバノッサにはに対しての怒りしか湧いてこない。


たとえあれが演技だったしてもキスは無いだろうキスは!!


そんな怒り心頭のままバノッサが向かった場所は、に割り当てられている部屋。
玄関に向かってはいなかったので、自室か書庫というところだろうと目星をつけたのだ。





自室に淀みなく向かっていくバノッサを見て、ルヴァイドは書庫に向かう。
二人申し合わせた訳では無いが、それぞれが自分の恋人の事となると息も統合するようで、相談も無しに要領よく二人を探しだす。





書庫の扉を開けて、そして中を軽く見回したルヴァイドは、誰もいない事に小さく眉根を寄せて溜息を吐いた。





「全く…何を考えている…」





の事だから今回のこの騒動も“面白がって”という理由なのが最有力候補。
しかし、理由が何であれ自分の目の前であれは無いだろう…とルヴァイドは不機嫌そうに軽く頭を抱える。


彼女はそれを知ってやっているのか、分かってないのか。


どちらにしても、自分がいかに傷付いてしまったのかきっちりと、体に教え込んでやらねばなるまい。
と密かに不穏な事を思いながらルヴァイドは書庫を出た。


そのままにあてがわれた部屋の方へと向かって行くと、その扉の前でバノッサを見つける。





「出てこいこの馬鹿女共!!」

「バノッサ」





ガンッと勢い良く扉に拳を打ち付けるバノッサに“扉が壊れるんじゃないか…?”とどこか場違いな事を思いつつ声をかける。





「書庫にはいなかったが……どうだ」





扉を指差し尋ねると、バノッサは眉根を寄せてため息をついた。





「出ねぇ」

「そうか……」

「鍵は掛かってるからな。恐らく中にはいるんだろうが…」





扉から少し離れたバノッサの隣にルヴァイドが立ち、そしてノブに手をかけるが、やはり開く気配は無い。


と、その時。


まるで二人が揃ったタイミングを狙ったかの様に扉が開き、小さな木が軋む音と共に部屋が解放された。





「………開いたな」

「…っ!アイツラ馬鹿にしてんのか…っ!?」





の力でも使って鍵を操っていたのだろうか。
完璧に踊らされている自分に苛立ちバノッサが眉を釣り上げた。
そのまま怒りの勢いで部屋に入るが、中はもぬけの殻で…。





「……逃げたか」





開け放たれた窓の傍を調べていたルヴァイドが呟き、そしてバノッサは部屋の机に置かれていた“それ”をただジッと見つめていた。





「………」

「何かあったのか?……」





いきなり静まったバノッサを訝しく思いルヴァイドが傍に寄れば、バノッサと同じく机の上のそれに目がいく。


それは紙。


そしてその紙には達筆な文字。


つまりは置き手紙。





「……」

「……」

「………」





沈黙が続き、ルヴァイドは硬直。
バノッサは段々と震えて。





「………のアマぁーーーーーーーーーーーーーー!!





叫んだ。





それもその筈。
その置き手紙には二人から、それはそれは小馬鹿にした内容で“デートに行ってきますv”と綴られていたのだから。


バノッサで無くても流石に眉を顰めてしまう。
事実ルヴァイドもそれを面白くなさそうな顔で見つめていた。


おふざけである筈だ。その筈なのに…。





何だろう。この二人の甘い文面…。





「……行くぞバノッサ」

「言われなくても」





ルヴァイドに促されて、二人は揃って部屋を出る。
その顔には怒りなのか嫉妬なのかも分からない色を滲ませながら。


かくして自分達の恋人探しに街に出た男たちが最初に向かったのが…。





「とりあえず…繁華街の方から見ていくか」

「木を隠すには森って訳か」





そう、繁華街。
ルヴァイドの言葉にバノッサも否を言う事無く二人は繁華街に向かう。


これがサイジェントの誓約者達や、森の双子の赤い方なんかが相手であると売り言葉に買い言葉。
普段から衝突の少なくない性格の為、すぐさま大人げない子どもの喧嘩に発展したりするのだが。


天の邪鬼なバノッサがルヴァイドの言う事は割と素直に受け入れるのは、
彼の意見が自分の意見と同じことが多いのと(大小はあるものの、二人とも人の上に立っていた経験がそうさせるのかもしれない)
ルヴァイドの性格が落ち着いた大人で有り、バノッサの多少の暴挙は甘受出来るからだろう。


だからと言ってあまりに大人ぶられるとこれまた反発してしまうバノッサだから、ルヴァイドのその立ち位置と言うものはとても希少なものだった。


もしかしたら似た様な女を恋人に持つ事から湧き出る親近感もあるかもしれない。


そんなこんなで、バノッサとルヴァイドの相性は悪くない。
特に反発する事も無く、二人協力して自分達の恋人を探す。





しかし、落ち着いていられたのも最初の数十分。





「……んのアマ共……どこ行きやがったー!!出て来いコラー!!!





人がごった返す繁華街の中、小物屋の店先でついにバノッサが痺れを切らして叫んだ。


普段から割と目立つ美青年的な二人の女を探し出すのはそう時間がかからないと踏んでいたものの、彼女達の毛先すら見当たらない。
女二人、騒がしく可愛い小物でも見ているのかもしれないと仕方無く聞き込みをしてみても、そんな美青年風な女達は来ていないとどの店でも言われる。


の行いで随分たまっていたバノッサのフラストレーションがメーターを突き抜け、そしてついに彼は店先で怒りに叫んだ。という訳だ。


その様子に周りが注目しても知った事では無い。





何々?


乱闘!?


違う違う討ち入り討ち入り。





と、周りがやいのやいの騒ぎ立てる。





「るっせぇ!!てめぇの脳天討ち入んぞ!!」

「うわわわわ!!ご、ごめんなさいいぃぃ!!」






適当に面白がって騒ぎ立てる野次馬の内、近くにいた男の胸ぐらをバノッサが掴み上げた。
流石は元サイジェント中のチンピラを束ねていただけ有り、バノッサのその言葉と睨みは恐怖そのもの。





「バノッサ、いきなり殴りかかるのは止せ」

「止めんじゃねぇ!!俺様は今、壮っっ絶にむしゃくしゃしてんだよ!!」

「情報を集めるのが先だ……この辺りで背が高く綺麗な顔をした青年の様な女二人、見かけなかったか?」





バノッサに胸ぐらを掴まれながら(被害者と言っても過言ではない)野次馬の男は涙目を瞬かせながら首を振った。





「し、知りません」

「そうか………適当なところで放してやれ、バノッサ」

「おっしゃあぁ!!」

「ええええええええぇぇぇ!!??そ、そんな酷いぃぃ!!」





ルヴァイドもの事となると意外と酷い男になったりするものだと内心思いながら、バノッサは取り敢えず腕の中のストレス発散の道具にフラストレーションをぶつける事にした。





そんな騒ぎを聞き付けて影からこっそりとが見に来ていた事なんて気付きもせずに…。















「あぁちくしょう…こんなんじゃ全然ストレス発散しきれねぇ…」





散々ボコにしておいて、最後に漏れたバノッサの台詞に周りは心底、戦慄いた。
流石に目を付けられた野次馬が哀れだ…。


そんな野次馬の男の胸ぐらを掴んだままバノッサはその男を振り回し、更に叫ぶ。





「ったくあの馬鹿女共はどこにいやがんだ!!!」

「この人間の数だ、そう移動速度は速くならんだろう。…いくらが一緒にいてもさすがに…」





特殊な存在であるの身体能力はかなり高く、屋根に飛び乗ってそこを移動する。
なんてことも軽々やってのけてしまう(その身体能力の高さをこの男二人の内一人は後々痛いほど思い知らされる…)
だが今はが一緒だ。
いくら女性離れした身体能力と常人離れした剣技を持っていても、軽々屋根の上に跳んだりということは、は出来ない
(それは“通常時”の話ではあるが、彼女はよっぽどの事が無い限り“通常”のままだ)


それを見越し、二人はもう暫く繁華街を歩く事に決め、バノッサは掴んでいた男を放り投げる。
ばたりとその場に倒れた男を周りの野次馬が保護した。


しっかりしろ!傷は浅いぞー!!


などなど、大げさな叫びが後ろから聞こえてきたりもするが、二人は完全無視
それよりも探し人の方が大事だとばかりに周りの人込みを睨む様にして進む。





「ちっ…この店にもいねぇ」





チラと覗いた先の店内にも探し人の姿は無く、バノッサは舌打ちをつく。
その隣を同じ速度でカツカツ進みながらルヴァイドは眉間に皺を寄せ、形のいい顎に軽く手を添えた。





「二人なら……武器屋か、それとも……。簡単には考え付かんな…」





行き先に考えを巡らすが、例え心身とも男らしくとも彼女達は女。
女の思考回路というものを理解しきれずルヴァイドは小さく息を吐く。
バノッサも同じく思い当たる行き先が無いのかガリガリと頭を苛立たしげにかきながら歩く。


左手には老若男女様々な人間が歩き、右手には店が並び、小物屋には女達がきゃいきゃい騒ぎながら買い物を楽しんでいる。


そこを普通に二人は通り過ぎた。


その後、小物屋ではしゃぐ年相応の女の格好をしたがにやりと笑ったのを


彼女達に気付かなかったルヴァイド達は知る由も無く…。





そのまま街中を探す事小一時間。





手がかりも掴めない人探しに、いい加減疲労したバノッサ達は道すがら見つけた公園で休息を取る事にした。





「ダリぃ…つーか疲れた…クソっ!」

「糖分が摂れれば気休め程度にはなるが……」





ぼやきながら公園へ足を踏み入れた時、ルヴァイドが何かに気付いて声を止め、バノッサも釣られてその方向を見る、と。





「………あったな…」





甘いもの。と呟く。


そう、視線の先には


屋台のアイス屋。



























「はいどうぞ〜。落とさないようにね〜」





気のいい笑顔で小さな子どもにアイスを手渡す店主のおじさん。
客商売、お客さまにはいつも笑顔をもっとうに、ニコニコしたそのおじさんは、次の二人組のお客に、そのポリシーである笑顔を引きつらせた。


それもその筈。
若い女の子や男の子、小さな子どもや子供連れの親子などなど、様々な客を相手にしてきたが。





強面の青年二人が仏頂面でアイスを買いに来たのは店主にとっては初めての経験だった……。





しかしそこは長年の経験の賜物。
何とか(多少引きつってはいるものの)笑顔を浮かべたままいらっしゃいませと挨拶が出来た。





「何にしましょう?」

「俺様はバニラ」

「チョコを」





ケースの中身を一通り流し見た後に二人の青年の口からメニューが注文される。
二人とも整った顔立ちをしているが。何か苛立っているのか地なのか、かもし出される雰囲気は若干おっかない。
特に見た目白い男の方はチンピラと言ってもいいぐらい柄が悪く、少しした失敗でも店を壊されそうな雰囲気だ。





どうしてこんな二人でアイスなんか買いに来ているんだろう…。


もしかして恋人のお使いなのだろうか…と周りを見回してみるが、それと思しき人物はいない。





店主のおじさんはアイスをコーンに乗せながら、少しだけ泣きそうに震えた。


ちょっとした失敗も許されない緊張の中、商売魂で何とか笑顔だけは貼付けたまま両方のコーンにアイスを乗せる。
よし、完璧だ。文句を付けられる失敗な欠片も無い。


そう店主が安心した直後。





「待て、店主」

「!!???は、はい!?」

「バノッサ…」

「……あぁ、そうだな」





二人目線だけで何かを理解しあって頷き合う。





(な、何だ!!??何か言われる失敗は何もしていないはず!)





可哀想に店主のおじさんは既に冷や汗だらだら。笑顔は固まっている。
そんな店主の事は気にも止めず、強面の青年二人は少し眉根を寄せたまま店主を見据え、


言った。








「「ダブルで頼む」」








これには流石の店主もポリシーである営業スマイルを忘れて固まった。















そんなこんなで二段重ねになったアイスを片手にベンチに身を預けて休息を取る二人。
しかし、男二人でアイス片手に並んでベンチに座るその光景は何とも寂しい。





「……………つーか何で野郎二人、公園でアイスなんか食わなきゃなんねぇんだ……」

「根を詰めて探してばかりでは能率は上がらない。適度な休息がないと何事においても転換はできん。それに、まず達が見つからんからだろう。」





ぼやいたバノッサの発言にルヴァイドが至極真面目に返した。
分かりきったその返答にも、しかしバノッサは反発もせずに頷いた(休息云々に、ここは戦場かよ…という小さなツッコミは入ったが)





「あぁそうだな。全てあの馬鹿女共のせいだ」

「見つけてしまえばこちらのものだ。あとは面倒をかけさせるなと、好きに教え込めばいい」

「そんなん当たり前だろうが、このまま笑って許すかっつの」





沸々と膨れる怒りを露にし、思わずグシャリとアイスをコーンごと握りつぶしたバノッサを見て、公園で遊んでいた子どもが“お母さん恐いよー!”と泣き出した。
そんなバノッサを見ながら“アイスが上手い”とチョコアイスを食べる元軍の総指揮官は、ふと、頭を過った光景にアイスを食べる手を止めた。


そう、今自分達がこんな目に遭っているのは他ならぬ恋人達のせいなのだが。


そもそもその原因をつくったのは確か……とバノッサの痴話喧嘩が原因だった筈だ





「そう言えば…」

「あん?」

「あの喧嘩の原因は何だったのだ?」

「あ…?」





一瞬何を言われたのか分からなかったバノッサは間抜けな顔で硬直し、その後今回の事件にいたったとの喧嘩であると悟り眉根を寄せた。





「あれは…」

「あれは?」

「………………駄目だ。思い出しただけで腹が立つ」





余程の事でもあったのか、青筋立てて拳を震わすバノッサにため息をついて、ルヴァイドは口を閉じた。
これ以上突っ込んで聞くのは逆効果だと分かっているし、そもそもそこまで原因が気になった訳でも無いからだ。


そんなこんなで会話が一旦止まった後、アイスを全て食べ終わったルヴァイドが立ち上がる。





「これは俺の考えだが」

「ん?」





唐突に口を開くルヴァイドをバノッサは何の事だと見上げる。


天然なのか何なのか、ルヴァイドの会話はたまに思わぬ速度で飛ぶ時がある。
いきなり何だ?と問いたくなる様な話始めが多かったりするのだが、それでもそんなにイライラしないのは彼の人柄か人徳か…。
取り敢えず大人しく聞き返すバノッサにルヴァイドは一度真面目な顔で頷いて、そして口を開く。





「俺たちは二人の普段の姿で探していたわけだが…何かから逃げるときは大なり小なり、姿を変えるのが定石ではないか?」

「………………………………それだ!!」





目を数度瞬いて、バノッサもまた立ち上がる。





「これだけ探しても見つからねぇって事は、そうだ…あいつらいつもの格好じゃねぇ可能性が高いな」

「それも見たことのないような、な」

「っつーか何でもっと早く言わねぇんだテメェは!!」

「俺も今さっき思い出した。しばらく離れていたからな」





ルヴァイドの言葉に“あーそうかよ”とため息ついて、バノッサはせかせかと歩き出した。





「そうと決まればもう一回だ。今度は人間全部に目を向けてやる」





いつもの格好の先入観を捨てて、少しの特徴でも目に止める。
それは大変な事だが、しかしさっきよりは希望が見える。





そして二人が人通りの多い繁華街にもう一度足を踏み入れた時





年頃の娘二人とすれ違い


そしてバノッサとルヴァイドは足を止めた。


一瞬スルーしたが、髪の色背の高さ体つき。
自分達の思い描く人物とすれ違った人物が見事にマッチして。


振り向いた先には脱兎の如く駆け出す女二人の姿。


あぁ、ルヴァイドの考えは正しかったとバノッサは人の悪い、嬉しそうな笑みを浮かべ。
ルヴァイドもまた同じような笑みを口元に浮かべた。





「みーつーけーたーぜ〜…待てコラァ!!!」

「げぇっ!見つかった!!」

「逃げろ逃げろ!」

「っ!もう遊びは終わりにしろ!」





それぞれが声を発して、そして壮絶な追いかけっこが始まる。
人込みをかき分け逃げる女二人は焦りながらも、しかししっかりと手を取り楽しげに笑い合いながら男達の前をかけて行く。


自分達はもの凄く疲れ果てながら探していたと言うのに、
随分楽しそうな、しかもまるで駆け落ちのごとくな女二人にバノッサと、そして流石にルヴァイドのこめかみにも青筋が浮かぶ。





「ふっざけんなー!」

「……っ」





二人ほぼ同時に速度をあげるが、ごった返す人込みの中、距離が縮まると言ってもなかなかだ。


しかし、女二人がいかに特殊な者でも所詮は男と女。
徐々に詰まる距離に男二人が口元に笑みを浮かべる。





「この馬鹿女共!追い付くのも時間の問題だぜ、いい加減諦めやがれ!!」

「ふざけんな!絶対捕まってたまるかよ!!」

、ふざけてないでさっさと戻ってこい」





バノッサの言葉に舌を出しながらが反論。
その後微かに眉を寄せたルヴァイドがに声をかけると、彼女は後ろを振り返りながらポツリと言った。





「つかさ、あんたら私らの格好みてなんとも思わないのか、オイ」

「最初は驚いたがな」

「…そーかい」





ルヴァイドとの言い合いに小さく息をついてまた前を向いて走る。


こんな状況でなければ普段見られない女性らしい二人の姿を堪能したい所だが…。
今の状態では色々な意味で無理だ。公安につかまりかねない





「心配しなくても夜のベッドでいくらでも観察してやるっての」

「そのとおりだ。褒め言葉もいくらでも言ってやろう、だが」

「俺様達を怒らすってのがどう言う事かじっくり教え込んでやるぜ!」





そんな不穏な男達の呟きは雑踏に飲まれて女達に聞こえる事は無かった。




























うわー。ヤバい、あいつらマジだな。


走りながら冷や汗をかいて、は自分達を追ってくる男二人を見た。











徐々に縮まる距離にがこのままだと限界だと感じ始める頃にはも同じ事を考えていたのか、
お互い目を合わせて頷き合い、そして小さく待ち合わせ場所を口にして


二手に別れた。





「っ!?バノッサ、右に行け!」

「ちっ!しょうがねぇ!」





達の咄嗟の判断で二手に別れた後、ルヴァイドも咄嗟に指示を出し、バノッサが頷く。
似た服を着ていた達は遠目では判別し辛いが、取り敢えず二人を捕まえるのが先だと、二手に別れた男達はそれぞれ逃げる女を追いかける。








かくして話は冒頭に戻り、は現在ルヴァイドに追われる形となっていた。





「くそ!バノッサだったら振り切れる自信もあるけど、ルヴァイド相手じゃ分が悪いぜ…」





半ば泣きかけながらはスカートをひらひらと靡かせて走る。





「いい加減その格好のようにおとなしくなったらどうだ!!」

「絶っっ対嫌だ!!捕まったらどうせの事聞き出そうとするに決まってる!」

「あぁ、よくわかってるじゃないか。分かってるなら止まった方が得策だぞ」

「しかも最悪が斬られそうだから絶対止まらない!!」

「………いくら俺でもそこまではしない………多分な」

「うわああ恐ぇ!その“多分”が恐ぇぇ!!“沈黙”も超恐ぇぇ!!!」





普段は落ち着いているこの男だが時たまに、というか、こと絡みの事となるとたまに見境が無いのを知っているは、
自分の発言もあながち間違っていないと嫌な寒気を覚えた。


どこか遠くからの“ごめんな…冥福を祈る…っ”なんて言葉が聞こえた気がして思わず死んでねぇよ!と叫ぶ。





ていうかこんなんで死んでたまるか!





が逃げるのはまだまだ人の多い繁華街。
その人込みの中をすり抜け、グッと決心を込めて頷くと、は路地裏の方向へと曲がった。
そのままジグザグに路地裏を進む。それに遅れず見失わずついてくるルヴァイドに流石と舌打ち。


そして、ザッと左手に曲がった先は行き止まりだった。
2、3メートルの壁がそびえ立つ、が、はニッと笑うと立ち止まるどころか更に加速。
その様子に追い付いて曲がってきたルヴァイドは軽く目を見開いた。


加速をつけたはダダンッと壁を2、3度蹴って上へ跳ぶと伸ばした手で壁の上部を掴み、スカートなのも気にせずそのまま壁を飛び越えた。





「!?お前、恥ずかしくないのか、はしたない!」





そんなルヴァイドの呟きも聞こえないまま、はスカートを申し訳程度に押さえて壁の向こう側の裏路地へと軽やかに着地した。





「いくら予想外に足が速いつったって、ルヴァイドにこれは無理だろ」





後ろ側に立つ壁を見て、はニヤリと笑った。
そしてと待ち合わせている場所へ向かおうと、したその瞬間。


スタンと、何かが地に着く音と…





「どこに行く?」





聞こえた声に固まる。
ギギギッと錆びた機械の様な動作で振り向けば、そこには勝ち誇った笑みで真後ろに立つルヴァイドの姿。
逃げようと足を踏み出すが、その直前に腕を捕まれ、の逃走劇は幕を閉じた。





「卑怯!卑怯だ!!何であの壁をお前が飛び越えられんだよ!!」

「確かに簡単ではなかったが…身軽さはお前の専売特許ではない、ということだ」

「まじかよ!!…だ、駄目だ…勝てる気がしない…」





掴まれた腕にはぁ〜っとため息をつく。





「さて、はどこだ?」

「知らないよ…がどこへ逃げたかなんて」

「それでも待ち合わせの場所を指定するぐらいの事はしただろう?」





的確なルヴァイドの発言には内心だけでギクリとする。
が、それすらもお見通しの様で(あぁ本当に勝てる気がしない…)ルヴァイドは口元に笑みを浮かべながら更に口を開く。





「待ち合わせの場所を教えればお前は許してやろう」

「…………お、教えなければ?」

「手元が狂ってしまうかもしれんな」





 何 の だ よ 。


ぎゃーこいつ本気で容赦ねぇー!!と内心だけで号泣しながらは震えた。
でも駄目だ。
を売る訳には…売る訳にはッ





「で、でも教えない。教えないぞは!そんな簡単にを渡す真似が出来るか!!」

「……妬けるな」

「え…?や、妬け…?…………………ル、ルヴァイドでも焼もちとか焼く時あるの?」

「しょっちゅうだ。は分かっていないのか、分かってやっているのか……
 周りがふざけてか本気か知らんが、絡んでくるのをあいつは牽制もせず放置する。その度に俺は気が気じゃない」





眉間に皺を寄せてため息をつくルヴァイドを、は珍しいものを見る顔で見上げていた。
は“たまには焼もちをやかせてやろうじゃないか”と、このデートを提案していたけれど。
何だ…ルヴァイドは表に出さないだけでいつも内心やきもきしていたのか。


そう思うと、とルヴァイドの二人が可愛く見えて、ついはフッと笑った。
穏やかな笑み。


しかしその笑みはルヴァイドの次のセリフで一気に失せた。





「それが例え女が相手でもな」

「………………………つまりが相手でもマジ嫉妬?」

「そういう事になる」

「…………………………………………………もしかしてさっきの“手元が狂うかもしれない”って発言……結構本気…だったり…し、て?」

「…………………………………………」





 黙 る な よ 。


駄目だ。これは本格的に生命の危機だ。


思わず青くなる顔をルヴァイドが覗き込んだ。
口元には笑みが浮かんでいる、が。さっきの会話があった後だ。正直恐い。





「さて、もう一度聞くが。とはどこで待ち合わせた?」

「………………っ…………そ、そんな殺気放っちゃうぐらい嫉妬深かったらに逃げられるぞ…」

「このぐらいで無ければむしろ捕まえていられない」

「ぐ……わ、分かんないぞ。女の子らしくしてたはかーなーり男の視線を集めてたからな」

「ほぉ?…興味深い。詳しく聞きたい話だな」

(うおぉ!!さ、殺気アップ!?)





完璧逆効果で殺気が高まった相手に、どうしようどうしよう。のエンドレス。
脳内がグルグル回ってしまっているはキョロキョロして、そしてハッと驚いた様に目を見開いた。
そんなに“何だ?”とルヴァイドが思った直後。





…!…あッ」





の口から思わず零れた名前。
そして慌てて口を塞いだを見て、ルヴァイドはの視線の先に目を向けた。


表通り、角に消えて行く、と似たスカート。





!」





それを目にしてルヴァイドはの手を離し表通りに駆けて、そして角から顔を出し





絶句。





一瞬だけ見えたその服を着ていた女性は全くの別人で、裏路地に振り向くと、そこにの姿は無かった。





「…やられたな。この俺を出し抜くとは」





























「あー…もう死ぬかと思った。まじで。ルヴァイドが引っかかってくれて助かったぜ」





何とか撒いたか…。と小さく安堵の息をつきながらとの待ち合わせ場所まで来ていた。
結構な人込みの中を探してキョロキョロしていると





!」

「っ?!!?」





頭上から声が聞こえては驚きと共に顔を上げた。
そこには、屋根から軽い動作で飛び下りてくるの姿。





「お、おまっ、危険!!」





慌てながら駆け寄るが、は楽しそうに笑いながら軽やかに着地。
それには小さく安堵した。





「はははそういう心配は無用だよ、





そう言って笑うに苦笑い。
大丈夫と言われてもつい心配してしまう自分に対しての苦笑も、まぁ含まれていたけれど。





「ところで、ルヴァイドがそっちに行っただろう。撒いたか?」

「あぁ、まぁ何とかな」





大丈夫だろう。多分。撒いた。きっと。
だけどあのルヴァイドだからなぁ…という不安は口にしないでおく(そんな事を口にし出したら切りが無い)


の言葉にがホッと息をつく。





「そか。こっちも暫くは大丈夫だと……っ!?」

…っ!?」





どうした?と続けようとしたの言葉は、肩に触れた感触と、そしての後ろに立つ人物によって途切れる。


笑みを浮かべながら、しかし確かに青筋が見えるルヴァイドがの後ろに立って彼女の肩に手を置いている。


と、言う事は…だ…。


この自分の肩に触れる者は……





「何が大丈夫なのか、聞かせてもらいたいところだな…?」

「漸く捕まえたぜ…」





聞き慣れた声にの頬が引きつった。





「ル、ヴァイド………?」

「バ、バノ…バノ…ッサ?…あ、はは、は…怒ってる?」

「当たり前だろうがこの馬鹿男女が!!テメェのせいで疲れるわ息は切れるわ蹴られるわで散々だ!!」

「な、何ぃ!!元はと言えばお前が原因だろうが!!なんかそのせいで生命の危機を感じたんだぞ生命の危機を!!!」





バノッサとはギャンギャン怒鳴り合い、





「な、なんで…?早すぎじゃ……?」

「先ほど合流した。お前ら一人ずつだったらわからんかもしれんが、二人そろっていれば、というやつだ」





は固まり気味にそう言って、ルヴァイドは笑顔で丁寧に説明(でも恐い)


つまりは、周りの人間が目立つに視線を集めていた為に、バノッサとルヴァイドはこの早さで二人を見つける事が出来たと言うわけだ。





そんな自分達の失態に叫ぼうが固まろうが、捕まってしまった事には変わり無く…。





「何にせよ…今からどうなるかは……分かってんだろうなぁ?悪い女には“お仕置き”ってもんが必要なんだぜ?」

「またやられても困る。この報い、思う存分知らせてやんとな…?」





地の底から響くようなバノッサとルヴァイドの呪詛とも言えるその言葉に、はただただ気の遠くなる様な思いで固まった。




























さてさて。


そんなこんなで、それぞれ“報い”だの“お仕置き”だのが終わった後。
あの騒動が起こった時とは打って変わってとても機嫌の良いバノッサとルヴァイドは庭先で顔を合わせていた。





「今頃起きたのか?あまり恋人に無理をさせてやるなよ」

「人の事言えた義理かよ。善人面した狼のくせしやがって」





木陰で本を読むルヴァイドの横に腰を下ろしてバノッサが嫌味に笑って言うのに、ルヴァイドも特に否定する事無く微笑んでみせた。
バノッサの手には屋敷から持ってきた灰皿があって、それを地面に置くとズボンのポケットから煙草とライターを取り出して火をつけた。


ルヴァイドは本から隣の男の口元から立ち上る煙に目を移して、そしてふと口を開いた。





「…そう言えば」

「あ?」

「結局お前達の喧嘩の原因はなんだったのだ?」





バノッサの顔を見たら公園で話していたそれを思い出し、機嫌の良い今なら答えがもらえるだろうか、と。ルヴァイドが世間話程度の感覚で聞けば。
バノッサは煙草から上がる紫煙を見上げて銜え煙草のまま口を開く。





「……が本を読んでやがったんだよ」

「本?」

「あぁ。一人の男を巡って二人の女がごちゃごちゃしてる様なくだらねぇ本らしいが…
 その男が結局二人の女の内どっちの女をとるか、ってアイツが聞いてきたから正直に答えたらいきなり怒り出しやがった」





何だか“くだらない”予想が頭の中に浮かんで来て、ルヴァイドは早々に本に目を移しながら、しかし最後まで聞いてやろうかと先を促す言葉を口にする。





「どんな女達で、お前はどちらを選んだんだ?」

「確か…片方は幼なじみで顔普通スタイル普通、だが優しい女で。
 もう片方は金持ちで顔もスタイルも良い女なんだと…そんなの選ぶなら金持ちの女に決まってんだろ、っつったんだよ」

「その理由は?なんとなく予想できるがな…

「顔と体と金」





あぁ…それは確かには怒るかもしれないな。
そう考えながらも脳内の80%“よくそんな些細な事であんな大喧嘩が出来るものだ”という思考に埋められるくらい、原因はとてもくだらない。





「俺様は別に間違った事は言っちゃいねぇだろう!どっちかと聞かれたからそっちだと丁寧に答えてやったのに、あんの馬鹿男女…っ」

「俺ならば…」

「あぁ?」

「相手がどんな好条件な女であろうと、を選ぶな」





ルヴァイドの発言に、今度はバノッサが呆れる番だった。
半眼でルヴァイドを見て、ため息をつきながら“勝手に言ってろ…”と言葉を捨てて、灰皿に煙草の灰を落とした。





「お前だって、その金持ちの女とのどちらかを選べと言われれば、迷わずを選ぶだろう?」

「………………馬鹿じゃねぇのか」

「違うのか?」

「…………………………………………………」





黙ってしまった隣の男に、ルヴァイドは本から目を離さないままフッと笑った。





「それを正直に言えば喧嘩になどならないものを」

「テメェとは違うんだよこのスケコマシ!」

「スケコマシとは心外な。俺は本音を言っているだけだ」





苛立った様に髪をかきむしるバノッサの顔は僅か赤く、彼の罵倒も難無く受け流したルヴァイドは相手のその様子におかしそうにクツクツ笑った。





そんな彼等にとってはほのぼのとした午後。










〜〜〜おまけ〜〜〜

バノ:つうか“報い”って結局何させたんだよ

ルヴァ:知りたいか?ならばそちらの“お仕置き”についても詳しく聞きたいものだな?

:うおおおおい!!そんなん言えるか!!ていうか言うなよ!言うなよバノッサ!!!

:ルヴァイドも条件提示してんじゃねぇよ!!(すぱーん!<本を床にたたきつける音)










【あとがき】
遅くなってすみません!匡嬢とのコラボサモ夢、の空洲サイドをお届けしました。
匡嬢の方が女の子視点が多かったので、私の方はその頃の男視点で。
かなり長くなってしまいましたよ。これも愛のなせる技!(言ってろ)


第一稿 月流 05.05.18
第二稿 月流 05.06.07