メヴィエ ©
海月堂



同性愛表現(女)が多少含まれます






穏やかな住宅街、そこをは長い黒髪をなびかせて走っていた。




その脚は繁華街からはるばる走ってきているはずなのに速度が緩まった様子は小さく、多少息が乱れるのみで苦しい顔もしていない。
足取りも軽やかに他人様(ひとさま)の庭への垣根を軽々と飛び越え(良い子は真似してはいけません)、
迫りくる追っ手の、掴まえようと伸ばされる手をかわす。

追ってくるのは

「っクソ、でめぇ待ちやがれ!!ちょっとは…!疲れろ…っ!!つかテメェかよ…!」

男、その肌は病的に白い

「もちろん疲れているとも!しかし待てるほど力余ってるわけじゃないんでねっと」

何故こうなったのか。
思い出せばそれはもう何時間も前の話になるわけで。
ひょいひょいとおちょくるように急ぎつつ、遠い目になってしまったのは仕方があるまい。


鹿


それらは特に珍しい光景ではなかった。
そう、特には

暖かな日差しが降り注ぐリビングで、ルヴァイドはソファに身を沈めて読書にふけっていた。

耽るというよりは暇つぶしのような、片手間のようなものだったが、傍らに愛しい女がいて、
こんな穏やかなひと時を過ごせることに、心の奥底でしみじみと幸せを噛み締めていたりしたのだ。
隣には異界の存在ではあるが想いの通じ合った女――がいて、ルヴァイドに背を預けるようにもたれ、
ソファに足を上げて寝そべるようにくつろいでいる。

目の前にかざした指先に微かな光が見えるが、小さなものでも召喚しているのだろうか。



「俺様は何も間違った事は言ってねぇだろうが!!」

「間違って無いって胸はって言えるお前がほんっっっきで最低!!今度という今度は愛想が尽きたからな!!
あー分かったよ。お前の女の価値観ってのがどんなものかよーく分かった!!近寄んなこのケダモノが!!」


最近になってこれも珍しくなくなってきた喧騒。
仲間たちがそろっているときはそれこそ珍しくないものだが、
今、この場に仲間は居らず、ルヴァイドと
そしてサイジェントから遠路はるばる訪ねてきた白子(アルビノ)らしい男―バノッサ―と、
という、とどこか似た少女だけで。(女同士で付き合いが合ったらしい)
リビングの二人が何のアクションも起こしてないのだから、その喧騒の発生源は必然的にその二人だ。
そのことに

「…」
「……」

リビングの二人組はちらりと互いを見遣った。

サイジェントの二人はよくもまぁ飽きもせずに、と周囲にあきれさせるくらい小さなことで言い合うわけだが、
すでに恒例と化してしまって驚きは少なく、ルヴァイドの目線はすぐに本に降りて、
はくすくすと吐息を漏らしながら近づいてくる言い合いに耳を傾けていたりした。

「あーそうだよ、そうだよ!テメェはそう言う奴だった!!悪びれた様子も無く女に香水の匂い移されて帰って来る様な男だもんなお前はよ!!」
「仕方ネェだろうが!!あっちから勝手に寄って来やがるんだからよ」


リビングの入り口に姿を現したのはやはり先述の二人で、仲睦まじく喧々囂々と口論を繰り広げていて

「それで宜しくやって朝方帰ってくんのかお前は!うわー!嫌だ、本当嫌だ!!誰かこの最低男に天誅を!!」
「酒飲んで帰ってきてるだけだろうが!!何もやってねぇよ!!」
「信じらんね。オレはもうお前の事が全般的に信じらんねー!!」
「んだとテメェ!待てこの馬鹿男女!!!それが仮にも自分の男に向かっていう言葉か!!」
「付いて来んなこのアホ!ボケ!!大馬鹿野郎!!オレにだってな、限度ってもんがあんだぞ!!あんまいい加減な事してるとオレだって他の奴の所に行くんだからな!!」

そしての言に因って

「てっめ…ッ!」

バノッサが怒るのも、とある日常(語弊あり)を繰り広げるのも必然なのだ。

言い合いを続けたままリビングに入ってきたサイジェントの二人はますますヒートアップし、
ぎゃんぎゃんわめき散らしながら足音高く静寂を打ち破った。
歩くスピードを緩めることなく言い合えるなんて才能だな、とは変なところで感心している。

リビングでまったりと時間を過ごしていた二人にとって、これらは確かに静寂を打ち砕くものではあるが、
邪魔、という感想を持たせるほどのものでもなく、それで気を惑わせられるほどやわではない。
現には楽しんでしまっているし、ルヴァイドはルヴァイドで騒がしさに眉根を寄せつつも我関せず、本(と)に神経を寄せていて、
痴話喧嘩(「痴話喧嘩じゃねぇ!」「んな訳ねぇだろうが!!」夫婦喧嘩?「それも…!(強制終了))が収まる様子も収める様子もない。


「そこまで言うならやってみろよ!言うからには相手がいるんだろうなぁ?あぁ?」
「っ、いいぜ、テメェが見てぇっつうんならみせてやろうじゃねぇか!今すぐにでも!」
「おぉ、なら今すぐ呼んでもらおうじゃねぇか!」

やはり何かもめているらしい。さらにはよくない方向に進んでいるような…
と、

「…………」
女同士で目が合った

がはっとしたようにリビングを見渡し、故に、二人の成り行きを見守っていたと必然、視線がかち合ったわけで。

だ!」

いきなりのご指名。誰だって驚くもので、しかしはニヤニヤとしているようにも見えたか

「ん?」
「はぁっ!?」
驚いたのは内容も逐一知っているバノッサのみ。いや、指名した本人すら内心ビビっているようにも見えなくはない。
ルヴァイドは傍らの女の名前が出たことでやっと反応を見せる。

そしてを指名した彼女は、すっとに近寄るとあたかも王子のように膝をつき、

……巻き込んでごめん……

それでもは熱っぽく名前を呟いて、しなを作るようにに腕を回す。
そして小さく呟かれた言葉は

「ちょっとの間だけ演技付き合ってくれ…」

どこか泣きそうな声音も混ざった謝罪と懇願で、直ぐ近くのルヴァイドにも聞こえないようなものだった。
それにはにぃ、と口の端をあげて、しかしそれを周りには見せず、伏せ目がちな視線をに送り

……どうしたんだ?君らしくもない……」

腕を、覆いかぶさるように抱きついた少女に回して、艶の混じる声で囁いた。
それは常の声よりも小さいものではあったが、
の行動に静まり返った室内(ルヴァイドはもともと口を開いてはいないけど)には
綺麗に浸透して、
……?」
「て、め……?」

あのルヴァイドがついに本から顔を上げを凝視し、バノッサが目を見開いて行動停止したように、
抱き合う形の二人を見詰める。

それにちらりと伏せ目勝ちの視線をやると

低めの、どこか陶酔したような声で以って改めての名を呼び、

……っ?」






男たちはそれを間近で見るハメになった。

もしかしてフォルテあたりがいたら悪乗りしてしまうかもしれない状況。そしてケイナに殴られ……いや、話がずれた。
目の保養とぬかす輩もいるかもしれない状況、
さすがに自分の愛しい愛しい恋人だの想い人だのが目の前で自分以外、それも
女同士でキスという
光景を作り出していれば硬直する心情もわからないではない。

自分が女であるにもかかわらず、相手に(曲がりなりにも)女を指名しただが、
それに便乗してしまうである。
しかも指名した本人がまず硬直している
ちゅ、と軽やかな音を残しては平然と唇を離し、再び視線を一瞬だけルヴァイドとバノッサに向けると
凍りついたを伴ってソファから立ち上がり
灰青色のシャツを翻し、の腕を引いてリビングを出ようと足を踏み出した。










ッ!お、おまっ………!!」

楽しそうに笑ったままのを先頭に、呆けたを伴って滑るように潜り込んだのは、
に当てられた部屋で、硬直の解けていない成人男性二人はリビングに置き去りである。

「キキキキキスとか、なんっ!え!?キ、キス!!??」

戻って直ぐに痺れ(呆けた)状態から戻ったものの混乱は直らない
目の前で艶やかに笑みを見せる魔族もどきに詰め寄り、しかし自分の言葉でさらに混乱していた。

「二人の喧嘩の原因は知らないが、状況的に見て誘ってきたのはだろう?」

ソレを遮るようには振り返り、をみて

「それに演技をするようにいったのもだ」
「で、でも…!」

「それに私はが好きだから」





花開くような(ただし毒花っぽいが)鮮やかな笑みを浮かべては朗らかに言い放ち

「そういう問題じゃ……」

は困惑して

「それにキスは親愛の印だろう?挨拶でだってすることだし」
どっちも普通は頬じゃねぇか!!」

飄々と語る内容に本気で素ボケかと内心頭を抱え、悩むことになった。


「と、それはおいといて。」
「おいとかれたよ……」
「せっかくの水入らずなんだ、あいつらに嫉妬させてやろうじゃないか」

の正論もあっさりと流し、にこりというよりニタリとした表情をは見せて。

「嫉妬?」
「そう。常日頃私達がおとなしく傍にいるってわけじゃない事を知らしめてやろうと」

……おとなしくないことは既に周知だと思うが

しかし、さすがはサプレスの上級魔族、そんな小さなことには耳も貸さず、
「まずは買出しだな」
やおら窓に近寄って、両手で大きく開け放った。


大きく開いた家の目は、春の爽やかで暖かな風を誰もいない部屋に運ぶ。



かっ



廊下に面した扉から異質な音がする。
もとい、扉からではない。扉を叩く拳にされた大きな掌によって、であるか。
打ち付けるそれは白く、不健康そうな色をして、しかし力強い。

リビングに於いて、復活に十数分を要したバノッサとルヴァイドは気を取り直して直ぐに廊下を駆けた。
あてがあるわけではないが、記憶に残る通路の曲がり方や足音を思い出すに、
玄関へ向かう方向へ出て行ったわけではない、ということは
自室か書庫である。

で、

奇跡の意思疎通をして見せたバノッサとルヴァイドは二手に別れ、バノッサは近いの自室を選んでみたわけだが
「出てこいこの馬鹿女共!!」

「バノッサ」

出てくる気配はなく、書庫を見に行っていたルヴァイドが戻って
「書庫にはいなかったが……どうだ」
扉を指差し、

「出ねぇ。」
「そうか……」
「鍵は掛かってるからな。恐らく中にはいるんだろうが…」

扉を叩くのをやめて、ルヴァイドに向き直るバノッサの横に立ち、ノブをまわしてみる。

鍵がかかっているのか開く様子はない。

と、思ったところで、いきなり開いた
ギィ、と微かな音とともに扉が隙間を作ったのだ。

それは、謀ったかのように、二人が揃い、意見が出たところであって、
何者かの意図が見え隠れどころか、すっかりばっきり綺麗に出て居た。

こんな芸当が出来るのは強大な力を持つ――室内にいる二人ではどちらもだろうが、多分に――だと

「………開いたな」
「…っ!アイツラ馬鹿にしてんのか…っ!?」
ぷちーんと何かが音高く千切れた幻聴が聞こえ、バノッサがどかどかと部屋に踏み込む。
しかしそこは爽やかに風が吹き込むただの部屋。
開いた窓がしっかりと換気をしてくれたおかげで、いつまで彼女らがここに居たのかわからないくらいに匂いが流されている。
「……逃げたか」
窓に寄って検分するように下を覗き込んだルヴァイドが呟き、

「………」
「何かあったのか?……」

無言でバノッサがサイドテーブルの上を穴が開くほどに見ている。
その視線の先、そんな部屋で留守番をしていたのは、

「……」
「……」
「………」

「………のアマぁーーーーーーーーーーーーーー!!


サイドテーブルに置かれた一枚の達筆な置手紙
内容は、二人からの、熱い愛のメッセージ(恋人に向けて、ではない)、だったりした。


さて、そんな白い彼が絶叫し、紅い彼が眉間を押さえている時から少し遡る。その頃、自由な女二人はというと。

はこっちの色の方がいいんじゃないか?」
「えー?そうかな?オレ的にこっちも結構良いんじゃないかと思うんだけど」
「両方あわせて見たらどう?…あぁ、合うじゃないか!そっちの方がいいな」
暢気に買い物をしていたりする。部屋から抜け出して真っ先に買い物にやってきたわけである。
しかし場所は二人に珍しい女の子向けの服飾店で。変装の為だというのがバレバレ

そんなキャピキャピ(死語)な女の子たちが多くいる店内に、
良く言って中性的、悪く言えば男顔と飾り気のないド迫力な二人がいるのは多分に異質だったが

「あ、この帽子かわいい。から見てどう?」
「良い良い!似合うよそれ、可愛い!」

自分からこういう店に入ることの少ない二人は、珍しくはしゃいだ雰囲気に可愛く見えたとかなかったとか……

普段からも少年、男性と間違われてもおかしくない格好をしているおかげで、仲間内からもその姿で認識されている。
のほうは体の線が出るようなものも着るが、
双方髪が長いだけで、言動は男と見られてやはりおかしくない。(注:執筆時期はシスが髪長い設定でした)
今も店内にいる年頃の娘さんたちは、きゃいきゃいとはしゃぐ
女だと分かっているだろうに頬を染めてちらちらと視線を向けている。
時折目が合ったりすると、二人ともにこりと無意識に微笑むものだから、余計に増長させているのも事実で。
「ありがとうございました〜vv」
最終的には店員もうっとりしながら見送ってくれた。
(そしてそれに手を振り返すものだから…)

「はー、新鮮〜。普段なかなか手に取れないからな〜、こんな服」
「旅だの戦闘だのとしていると、普通の女の子向きの動きにくい服は敬遠してしまうからなぁ。まぁ趣味も入ってくるか?」

店内で試着と同時に着替えて、代金を払い出てきた二人は既に、邸での服装とは打って変わっており、
「さ、次はどうしようか。そろそろ二人も動き出してるだろうし」
お揃いのように形のよく似た服を着ていて、もと着ていた服は店で貰った大きな紙袋に入れて肩から提げている。
服はといえば、ひらひらふわふわした、女性ものらしいラインのスカートである。
はっきり言って天変地異ものである。彼女たちに限るが

「んー、どうしよう…街の外に出る訳には行かないから、街中だよな」
「やっぱ人通りが少ない……多い方がいいか。木を隠すには何とやらだ」
「だな」

頭をかしげ問うは顎に手を添えてわずかに考え答え、二人で人ごみに紛れることに同意しあう。
その様子は戦い前の物にも似ていたが、服装が服装なのでそういった緊張感はない。
それでも二人が二人とも背が高く、すっきりとした顔立ちをしているものだから、
そんな悪巧みともいえる相談風景に、

「ね、なんか……か、かっこよくない…?」
「私ったら…相手は女の人なのに…!」

すれ違う少女たちが振り返り、頬を染め、ある者は熱視線(秋波?)を送る。
しかもそれに加え

「うわ、やっべぇ好み…!」
「あ、甘えてみたい…っ!」
などと、服装から女だと判断・確認した男からの視線まで加わっているのも確かである。
つまりは万人から注目を浴びているということなのだが、
繁華街から移動し、商店街を歩く二人は

「なぁ、あの防具見てみたい!」
「この格好でか。またシュールだな」

そんな視線などどこ吹く風、仲良さげに腕まで組み(しかも恋人組みだ)、
買い物袋片手に武器屋兼防具屋のショーウィンドウに飾られたモデルを覗き込んで、 
は防具や戦闘用アクセサリ類、も新作武器にその視線を注ぐ。
女の子らしい、ひらひらして明るい色使いの服装の娘が、戦闘用品片手に生き生きと話す姿は確かにシュールで異様そのものだが、
「「…っ、イイ…っ!(ぐっ)」」
時勢が時勢であったことと、
この二人の場合雰囲気もあいまってなぜか危険な香りを誘い、昨今の甘えたがりな男を存分に惹きつけているようだった。


日は高く、正午も過ぎたころ。
新しい武器もゲットして、食事をし、話しながら露店を冷やかしている最中にそれは起こった。

露天として出ていた小物屋の前、雑談がてら二人してしゃがみこんでいると
「…ー!出て来い…、!」
人ごみの向こうからどうも聞き覚えのある声がする。
そう経たないうちに周りの雑踏からは
「うわっ、何?え?乱闘?」
「違うって、討ち入りだって」
「はぁ?オレは未確認飛行物体が」
白いー!ホワイトだー!
などと情報が錯綜しだす。

最後の辺りなど何錯乱してんだ、と近くに居たに殴られて、幸せそうな顔で撃沈していた。南無。

「誰か騒いでるな」
そういっては立ち上がり、五月蝿く騒ぐ一人を殴っておとなしくさせ、雑踏の向こうを見回す。…と、
「…知らん振りだ、
綺麗に微笑んで、しゃがんだままの横に再びしゃがみこみ、

「な、何かあったのか?…笑顔恐いぞ
ヤツらだ
「っ!逃げるか?こ、ここで捕まる訳には……駄目だ、捕まった想像しただけで恐ろしい…」
「いや、私達は今こんな格好だろう?見慣れてないだろうから、いくらかは時間稼ぎも出来るだろうし…、このままやり過ごす。武具だけ隠しておこう」


そのまま露天の冷やかしを続けることに決めたらしく、刀と防具だけ見えないように提げた袋に周到に隠し、
直ぐにまた笑顔になって彼らをやり過ごすことになった。

一方ざわめきの原因は

「ったくあの馬鹿女共はどこにいやがんだ!!!!」
「この人間の数だ、そう移動速度は速くならんだろう。…いくらが一緒にいてもさすがに…」
は特殊な存在である。それはにも当てはまるような気はするが、
あきらかに彼女の方が異質を表に出す割合は上だ。

それらは後天的なものとはいえ、すでに自身の体と融合し、無意識に発揮される。
しかし今は“通常”であろうとするが一緒だし、無茶なことはしないだろう、そう踏んだわけである。

閑話休題。

図らずとも二人が二人とも無駄に背が高く、それゆえに高い位置から余すところなく周りを見渡せるのだが、

まぁまぁかな」
「何がだ?」
「復活に要した時間

結果に見つかってしまうというヘマを犯し、さらには


「ちっ…この店にもいねぇ」
「二人なら……武器屋か、それとも……。簡単には考え付かんな…」
相談しながらひそひそと話までする彼女らの後ろを素通りするという、後々頭を抱えてしまいそうなミスまで犯してしまったわけで。
目の端に買い物をしている“年頃の娘”が居たのは覚えている、が、
その“同類”がわんさかといる商店街、繁華街では気に留める方が間違っている。
で、結局見逃したわけで。

「いつ私達に気付くかな」
「あれだけ普通にスルーしたんだ。まだまだ余裕なんじゃねーの?」
「そうだな。時間はあるし、次の店行くか?」
「オッケー!」

そして親指を立てあった女二人は、騒ぎの二人が去った方向とは逆へ悠々と足を向けるのだった。

しかし収束は必ずやって来るもの。

が露天で買った小物を見せ合いながらゆったり歩いていると
その進行方向つまりは正面から、先ほどの騒ぎの原因、もとい白い男と紅い髪の男、バノッサとルヴァイドが迫っている。

「やべっ…」
「しっ。堂々とこのまま歩いたほうがいい」
多少動揺したものの、先ほどと変わらぬ表情で、和気藹々と振舞う。

そして二人とすれ違って――――

数歩行ったところで、も申し合わせたかのように猛然と雑踏を掻き分け進んで。
すれ違い様、ふと違和感に頭をひねった男二人も、ぴんっと違和感の正体に気づき、
一路反転すると、走り去りながら雑踏に紛れる二人組の背中を見つけた。

「みーつーけーたーぜ〜…待てコラァ!!!」
「げぇっ!見つかった!!」
「逃げろ逃げろ!」
「っ!もう遊びは終わりにしろ!」

手を繋ぎ、雑踏の中を軽やかに駆け抜けていく衆目を集める娘二人と、それを追う見目も麗しき男二人。
その状況だけで見れば耽美で切羽詰ったものにも見えるが

…!」


…!」

娘二人は完璧に遊んでいるような雰囲気がありありと見られ、どこか駆け落ち染みた空気まであるのに対し、

「ふっざけんなー!」
「……っ」

男には怒りが浮かんでいた。(ポーカーフェイスに見えるルヴァイドも口の端がひきつっているわけで)
余裕がありませんね
繁華街と商店街の大通りを数多の買い物客が行きかい、
そのごった返す雑踏の中を4人の男女が疾風のごとく駆け抜けていく。

しかしそこは男と女の差、女二人が如何な特殊能力持ちでも、基礎的な身体能力は当然男の方が上なわけで、
「この馬鹿女共!追い付くのも時間の問題だぜ、いい加減諦めやがれ!!」
「ふざけんな!絶対捕まってたまるかよ!!」
、ふざけてないでさっさと戻ってこい」

そんなルヴァイドの声が耳に届くか否か、というところで

「あんたら私らの格好みてなんとも思わないのかな?」
が問い、
「最初は驚いたがな」
「…そー」

走りながらも微かに振り返り、平然と口を聞いているが脚は止まる様子がなく、
ルヴァイドの答に微かに憮然とした表情を見せた。女心は斯くに難しいものである。

そして



が目を合わせ、ひとつ、頷きあう。と、人ごみが気持ちずれたのを見計らって
二手に分かれた。その際、一言小さく待ち合わせ場所だけつぶやくことも忘れずに。
それは急なもので、一声かけただけの即興だったがコンビネーションは抜群、

「っ!?バノッサ、右に行け!」
「ちっ!しょうがねぇ!」

二手に分かれた上に撒こうというのだろう、雑踏の中を縦横無尽にクロスしながら走っていく二人は
服が似ていることもあって、どっちがどっちだか背後からでは見分けにくくなっていた。
そのためにとにかく捕まえるのが先と判断したのだろうルヴァイドが指示を飛ばし、
同じことを考えていたらしいバノッサはあっさりとOKを出してこちらも二手に分かれた。



んで。


冒頭に戻るわけである。


と分かれた後、路地にはいり、時々屋根に上ってみたりしながら住宅地までやってきていた。
高級住宅地ではなく、しかし雑多な様子も見られない、いわゆる中級、一般等地である。

その穏やかな空気の中を、結い上げた長い黒髪をなびかせて走っている。
疲れや筋肉の疲労も少なに軽やかに地を踏み、他人様の庭の柵を飛び越え、後続を撒こうと走る。

後を追う狩人は

「いい加減止まりやがれ!!今止まれば許してやらんこともねぇ!!」
「それ、本気で言ってるのか?」
「……………………………多分な
「小さいよ。声が」 

男、しかも白いヤツなわけで
走っているせいなのと離れていることで言葉が途切れ途切れになるのは愛嬌か。

「うーん……逆になったな」
追いかけてくるだろうと思っていた者ではなく(それも2択故に予想はしていたが)、

「てことはのトコはルヴァイドだよな……ごめんな…冥福を祈る…っ(死んでねぇよ!by)」

ぱん、と両手を拝むように合わせて、しかしやはり速度は落とさずに走る。
どこからか、の叫びが聞こえた気がしたのは情け容赦なくスルーしておく。

だがやはり走り続けているからだろう、肉体の疲れは大丈夫なものの、体力が落ちてきた。

そしてついに

「っ…と!?」
「っ!?よっしゃぁっ!てめぇ、アイツの居所吐いてもらうからな!」
「っあ、やば」
一瞬足が縺れたのが分かったのだろう、バノッサが疲れから紅潮した顔で高らかに笑う。
そしてラストスパートとばかりに速度を上げ、

「あの格好に仕向けたことは褒めてやるがっ、オレのものに手を出すんじゃね…っ!?」
「そりゃどうも。…よいせっ」

喜んでるんだか怒ってるんだかわからない内容の叫びとその腕から、しかしひょいと身をかわし、
右腕を軸に側転の要領で脚で弧をかいたによって地面に突っ込むことになった。
そのはといえば、すたんっとバランスを崩すこともなく綺麗に着地。
彼女はスカートは履いているものの、それを気にすることなく勢いよく脚を振り上げてくれたため、スカートは盛大にめくれ上がったことは想像に難くない。
バノッサにもっと勢いがあり、もう少し近く、もう少し頭が下だったならば、その顎にの踵が直撃、
飛ばされた上で地面とのディープキスをすることになっただろうか。

「お、っま……恥ずかしくねぇのかよ…」
「ん?あぁ見えたのか。別に減るもんじゃないだろう?」

そして当然中、を見ることになったわけで

飄々と爪先で地面を叩き、「じゃあ…いやーん」と余裕顔で感情をこめずにのたまうに、
膝を着いたままではあるが、バノッサは、ぜはーとばかりにいろんな意味のこもった、大きなため息を吐き出した。

「もうちょっとはたしなみとかなぁ…アイツでもそんな動きスカートではしねぇと思うぜ…」
視線を泳がしつつ口元をその大きな掌で覆ったが
「嗜み…お前に言われたかぁ、ない」
ばっさりと返されて、再びがくりと脱力したのは言うまでもない。
ちなみにが逃げようとしないためにバノッサも動かないのだが、
からしてみればバノッサが起き上がる様子がないから逃げないのであって、
結局はどっちもどっちであった。

「で、はどこだ。つーかあんのアマ俺以外とベタベタと…っ!」
「知らんよ。売るような真似はしたくないし…いいじゃないか女同士。…独占欲強いなやきもちも妬き過ぎると女は離れるぞ?」

くす、と口元を緩めるに、バノッサ、あっさり撃沈。(もちろんあっさり返されたせいだ。恋心などでは、ない

バノッサがその一言に反論する暇も無く、それに居場所だって即興コンビネーションで別れたし?とは両手を挙げてワカラナイジェスチャーをし、
「私よりかバノッサの方が分かるんじゃないのか?」
首を傾げながらバノッサを見返し、目を細め

「わかんねぇから聞いてるんだろうがよ……」
「しかしねぇ…私達は合流する場所しか決めてないよ」
「!?それだ!」
飄々とのたまう。
それにバノッサは過敏なくらいに反応した。
がばっと起き上がり、詰め寄るように近づくが

「おっとこの私がただで教えると思うか?」

その分は後退して。
「……何が望みだよ。…アイツはやらねぇぞ。俺様のだ」
「なんだ残念。なら今は欲しい物がないのだよ。だから、情報も、お預けだ!!
「はぁ!?ズリぃぞテメェ!!!つか残念って何だオラァ!」
「だって、男の視線を集めるくらい可愛いを、お前は独り占めしようというんだろう?悔しいじゃないか」
「はぁ?!それこそふざけんなテメェら女同士だろうが!!」

む、と唇を突き出して拗ねたような様子をは見せ、ずるい、と言外に含ませる。
その様子と言葉の内容に、先刻、邸で出し抜かれたことを思い出して、

「女同士だからなんだというんだ?女同士だからこそ生まれる愛もあ「だぁああーーーー!!もういい!黙れぇぇぇえー!!」
嫌な予感のすることばを言おうとしたをさえぎって、バノッサは真っ赤になって叫んだ。
これ以上耽美の世界にを踏み込ませてなるものか、と。
(もちろんだってそんな趣味ないが、の遊びに対する態度がそれを信じさせてくれない)

からかい混じりにはいい、バノッサが叫んだところで口に細い指を当てて、しゃがんだと思うと同時に高く飛び

「んー、熱いねぇ。まぁ、教えないというわけではない。それでは不公平だろう?」
他人様の家の屋根に降り立ち、再びしゃがんで頂点からバノッサに向かって叫ぶ。その顔はニヤニヤ、というのがピッタリ来るもので、
それに対してバノッサは動こうとしたが高い位置にある彼女の体には到底届くはずもなく、
下から見上げるようにして大声を張り上げ、

「ハァ!?」
「あとを尾ければいいだろう?出来るのなら、の話だが

それに対して淡々と答えては踵を返した。ただし、その足取りは先ほどよりも大分緩やかではあったのだが。
その後を、バノッサは姿を見失わないように着いて行く。内実は結構ぎりぎりである。なんてったって屋根の上は常にショートカットしているも同然なのだから。

後に、合流地点に着いた時点でのバノッサの様子を見るに、
屋根の上をひょいひょいと移動するを追いかけるのは酷く難しかったようだ。
もちろんはソレを狙い、はぐれることを期待して屋根上移動をしたのだろうが…

屋根の上、ひらひらとスカートを優雅になびかせて、徐々にスピードを上げながらはゆくゆくドコまでも(嘘

「あ!!?…っくっそ、畜生!」

よく見えるはずの屋根上を跳ねていた影が気付けばなくなっていることにバノッサが気付くのはまだ暫く後。
それによってバノッサが血管切れるんじゃないか、という怒り方をするのもまだ(もうちょっとだけ)未来の話。



















合流地点はゼラム、高級住宅地を抜けた先、そう王城前である。
今日も今日とて雄大な滝が水煙を上げ、城の背景を担っている。

その目と鼻の先、青の派閥にも適度に近い住宅の屋根の上には佇んでいる。

流石に合流地点にホイホイとバノッサをつれてくることもなく、途中早い段階で引き離して、
近くにバノッサらしき姿はない。
まぁ見える限りで、という注釈付であるが。とて万能ではない。
被っていた帽子を取り、風に髪を遊ばせての到着を待つ。
そっと腰を下ろし、屋根の上、最も高い場所から行きかう人々の観察をする。

と、
!」

「っ?!!?」

きょろ、と自分の姿を探していたのだろう待ち人の姿を見つけて、どこかを伝うでも無しにひょいと屋根から飛び降り、
「お、おまっ、危険!!」
目の前に着地する。あくまでも軽やかに。
「はははそういう心配は無用だよ、

からりと笑って、そのままの笑みでさらに言葉をつむぐ。

「ところで、ルヴァイドがそっちに行っただろう。撒けた?」

きょろ、と周りを見渡す。観光地でもある場所ゆえに人波は繁華街と大して変わらない。
むしろ多いくらいで、容易く何かを見つけることはできないだろう。
それこそ高いところに昇り、のように探索が得意でもなければ、途方に暮れて可笑しくない。

「あぁ、まぁ何とかな」
の返事を聞いて、はほっと一息吐いたが

「そか。こっちも暫くは大丈夫だと……っ!?」

安堵を見せた表情は瞬く間に引きつり、

…っ!?」

お互いの肩に触れる感触(それはそれは恐ろしい感触だ)と、
お互いの、目前の相手越しに見えるそれに、見事に行動を制御された。

の背後にある、白い影…(これだけでは何かのヒーローもののようだ)
そこから連想できる自分の背後の紅い陽炎…(やはりーヒーローもn(以下略))


何が大丈夫なのか、聞かせてもらいたいところだな…?
漸く捕まえたぜ…


互いのすぐ前にある肩に手を乗せて笑みを浮かべ、地を這うような声が言葉をつむぐ度にその掌にだんだんと力を込めているのは
「ル、ヴァイド………?」
「バ、バノ…バノ…ッサ?…あ、はは、は…怒ってる?」
後ろを振り返るまでもなく、彼らと分かり、

「当たり前だろうがこの馬鹿男女が!!テメェのせいで疲れるわ息は切れるわ蹴られるわで散々だったんだぞ!!」
「な、何ぃ!!元はと言えばお前が原因だろうが!!オレなんかそのせいで生命の危機を感じたんだぞ生命の危機を!!!」

「な、なんで…?早すぎじゃ……?」
「先ほど合流した。お前ら一人ずつだったらわからんかもしれんが、二人そろっていれば、というやつだ」

つまりは目立つと。
まわりには見ず知らずの人間でざわめいているとはいえ、それらの多くが、ある一定の方向に目を向ければそれは目立つのだろう。

そして

片や痴話喧嘩が再来し、片や冷静に討論染みたことを繰り広げた。

「何にせよ…今からどうなるかは……分かってんだろうなぁ?悪い女には“お仕置き”ってもんが必要なんだぜ?」
「またやられても困る。この報い、思う存分受けてもらわんとな…?忠告代わりだ。」


つむがれる言葉は既に呪い、いや死の宣告にも似て、二人の脳に響いたとか何とか。



















さて、二人が二人とも“報い”だの“お仕置き”だのを貰った後。

いつものラフな格好ではぐったりとリビングで再会していた。
「散々だったな…」
「あぁ…散々だ…」

が声をかければ応えは戻ってくるものの、声に張りがない。
時刻は一夜明け昼、お互いぐったりと言うよりもどんよりとうな垂れ、それでも“結果報告”をしており、

「デートは楽しかったのにな…」
「あぁ…そうだな…あれは買い物とか、凄い楽しかったのにな…」

それのせいで、ともいうが。
遠い目で思いを馳せ、

「バノッサが追いかけてきたときはちょっと安心したんだけどな…」
「オレはルヴァイドが来た時本気で死ぬと思った…
単独行動時のはじめはまだ余裕だったのに、としみじみ言い合う。

「はは。悪かったな。しかしバノッサが始終色ボケてて楽しかったぞ」
「なっ!!そっ!え!?そ、そう言うならルヴァイドの方だってすげー色ボケだったぞ!!(オレが生命の危機を感じるぐらい)
 の事しか考えてねーんじゃねぇの?ルヴァイドって…」

この、からかえば(内容は事実だが)返ってくる反応が楽しくて仕方ない、という顔では続け、

「あれは一途だからな……断言してもいいぞ?バノッサもいい具合にのことばっかりだったな。所有宣言を貰ってしまった」

そして飄々とこちらも、惚けにも聞こえることをさらりとのたまい、呵々と哂う。やはり、神経のあり方が違うようだ。

「そうそうのことでひとつ褒められた」
「どうせスカート履かせた事とか、そんなんだろう?あいつ結構そういう格好させたがるっつうか…着ろよたまには!とか怒ってくるんだよな」
「意外に可愛い思考をした男だな…」
「か、可愛い!?バノッサが!!??あはははは!!あー、でもルヴァイドも結構可愛い所があるよな。
 が女の子らしい格好してたら男達の視線が凄かったっていったらマジで怒ってたぜ。ありゃ近い内に町の男何人か行方不明になるんじゃねぇの?」
…それは笑い事じゃないよ」


本当に笑い事などではない

やはりお互い恋人には苦労させられる、と内心思ったことは(やぶさ)かでない。(そしてそれは男側からもいえることで)


「ところでさ、」
「何?」
「あの喧嘩の原因って何」

はしばらく気になっていたことを口にする。はああ、と思い出せば
「え?あぁ…原因なぁ、いやあの時な、トリスに本を借りてたんだよ…何でも凄い面白くてアメルやミニスもハマって読んでるからも。ってさ」
「ほう?」
「その内容がな、恋愛ものだったんだよ。主人公は男で。
 顔もスタイルも普通で貧乏な…だけどとても優しくて普段から主人公を気づかってくれる幼なじみの女の子と、
 顔良しスタイル良しでお金持ちなお嬢様との三角関係の恋愛もの」

ここまではあっておかしくない本の内容である。定番ともいえる恋愛小説といって差し支えないか。
「で、結局どっちとくっつくんだろ?って思って読んでる時にバノッサが来たから、その話をしたらさ、バノッサは即答でお嬢様を選んだ訳」
「ヤツらしいというかなんというか…」
「いや別に良いんだぜ?そのお嬢様も悪い子じゃ無かったからさ。でも王道は幼なじみの子だと思ってたから、理由を聞いたんだよ、バノッサに、そしたらあいつ何て答えたと思う!!??」
「………なんて?」

「『顔と体と金』」

「…………頭痛が
「うおおおぉぉ!!思い出しただけで怒りが舞い戻ってくるぜ!!最低だと思うだろ!!??うああぁ駄目だむかつくーー!!」

「最低だけど……予想以上にくっだらない……」
「バノッサはエイリの優しさを少しも分かってねーんだ!!!!」
誰だよ……!


そんな、脱力した午後。


〜〜〜おまけ〜〜〜

:あ、でもデートはまたしよう、。すごく気が楽だったし
ルヴァ:デート…な…もう振り回されたくないんだが…(遠い目&こめかみ押さえ溜め息)
:うん!しようしよう。バノッサとデートより数倍は楽しかったし!
バノ:テメェ犯し殺すぞ……




お仕置きの内容は想像にお任せします




≡後書け≡
遅くなってスマンでした。月流嬢とのコラボサモ夢です。
月流嬢サイドと自分サイドで内容変わりますからあまりコラボとは呼べなのではないかと書き上げてから思ったとです。

スクロールも大変です。


第1稿 o5.o5.o9
第2稿 o5.o5.29
決定稿 o5.o8.17
行間修正12.07.26


BGM:メヴィエ SPECIAL THANKS 海月堂
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